2006年6月10日

九条の会全国交流集会へ行きました


「九条の会」全国交流集会(6月10日・東京の日本青年会館)に参加しました。

 総会は、前から6列目の席に座ったので、呼びかけ人6人が、目の前にずらりと並んでいて、それだけで感動して、来てよかったと思いました。 三木睦子さんも鶴見俊輔さんも、澤地久枝さんも、大江健三郎さんも、自分たちの呼びかけに応えて、九条の会が勢いよく増えていることをとても喜んでいました。

 加藤周一さんは、「九条の会は今上り坂。一気に勢いを増せば、勝てる可能性がある」。 小田実さんは、「ラジオで憲法談義をしたのだが、改憲派の人は夢想的だと思いました。『自衛隊はこのままでは暴走するから、憲法で軍隊であると認めて、法律的に歯止めをする必要がある』というんですよ。でも今でも勝手な行動をしている自衛隊を軍隊と認めたらもっと勝手な行動をするのではないかと考えるのがリアリストです。それに、『自衛のための軍隊はいる』という人がいますが、本当に自衛できますか。日本には抵抗する力はないんです。私は、大阪で3回空襲に遭いました。戦争が終わるのがあと半年遅かったら、飢え死にしていたでしょう。

日本は、石油も食料もない国なんです。今、食料は40%の自給率です。アメリカやフランスと違って、日本は戦争できません。韓国もそうです。自衛のための戦争は夢想です。平和でなければ生きていけない。その為にも、戦争できない世界にすることが一番現実的なことなのです」。と話されて、なるほどと思いました。


 午後から、11の分散会に分かれて、各地の発表を聞きました。総会も分散会もやる気と活気に溢れて、草の根の手作りの運動というのは、こんなにも人々を活性化するのかと、わくわくしました。
 新潟県「九条を守る阿賀野の会」では、二町二村が合併してできた町で、かって町長選で対決した人たちが、「9条を守ろう」と手をつないでいる。
 大阪府立の高校では、48校に、職場九条の会ができた。全教、日教組、未組も呼びかけ人になって。難しいけれど作ってみると、職場のいろいろな問題も話すことのできる場所になっている。他県で、一校では無理なので、数校で集まって作ると、交流もでき、元気になってくる。
 裁判所の中にも、損害保険会社の中にも、弁護士の中にも、あちらでもこちらでも、9条の会を作って頑張っていました。そこには無数のドラマと感動があるようでした。

 私は270名の会場で、ミニポスターの宣伝をしました。皆さんとても熱心に聴いてくださり、休憩になりますと、何人も私のところに集まってきて欲しがったのですが、30枚持っていったのに、昼の休憩時に、グッズ売り場で、売ってしまい、1枚しか残っていなかったんです。絵葉書20枚が先を争ってなくなりました。こんなことならもっとどっさり持ってくるんだったと、うれしい悲鳴というところでした。(後日、東京のある町の九条の会から「真似して作りたいのでミニポスターを送って欲しい」と私の自宅に電話が入り、送ってあげました)

 グッズ売り場は、手作りの品で溢れ、活気にみちていました。しかし、ボールペンとか、アクセサリー、バッジという小物が殆どでした。それらのグッズに比べると、私たちのミニポスターは、アピール性が強い。安く(100円)て、可愛い。雨の日も風の日も、勝手に宣伝していてくれる。なかなかの優れものであると思います。
 ミニポスター、1100枚作りまして、800枚入金しております。何枚ぐらい外に貼ってあるのでしょうか。見かけるととても嬉しくなります。病院の待合室、マンションの玄関、自分の部屋に貼ってくださっている人もいるようです。近くに貼っている人がいると割りと気楽に貼れるということもあって、隣近所で9軒も貼っている家が並んでいるというところもありますので、少しずつ貼る家を増やして、目標の500軒を目指して行きたいと思います。

               九条の会・尾張旭 ニュースNO2より抜粋

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