2006年8月25日

戦争をする国への人づくり(教育勅語)


 

 

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戦争する国にしていく過程で教育の果たした役割は大きいと思います。

教育勅語は、第2世界大戦敗戦まで「軍人勅諭」とともに天皇制国家イデオロギーの2大支柱となっていました。

勅語は子供達にいざと言う時は直ちに天皇のために命を捨てる事がすべてに勝る最高の道徳だと教え込まれました。

勅語の絶対視化は歴史とともに進み、一種の聖典と化して行きます。
各地で、神社風の「奉安殿」(ほうあんでん=学校で御真影や教育勅語などを保管するために校舎とは別に設けた、小さい特別な建物)を建てて納めるようになり、当然生徒たちは、登下校時にはその前で最敬礼することが義務とされた。
結局、教育勅語が納められた奉安殿は、ご神体のようにあがめられて国家神道の一部を担う役割を果たしました。

尾張旭で旭小学校が戦火に見舞われた時、校長先生は生徒の避難誘導より先に御真影や教育勅語を退避させたと市内のMさんは証言しています.
又、当時の愛知県知事にどの様にしてどこへ避難させ守ったのかを詳しく報告しています
校長先生にとっては、生徒より教育勅語が、それほど重要視されていました。

その教育勅語も1947(昭和22)年3月31日の教育基本法の制定によって教育勅語の内容が否定され、今の民主教育がスタートした歴史的な日でした

第1条は、教育の目的に関して、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と定め、以下、教育の方針、教育の機会均等、義務教育、男女共学、学校教育、社会教育、政治教育、宗教教育、教育行政等について規定しています

今又、その教育基本法を変え「愛国心を持て!」と改定?しようとしています
歴史は繰り返すと言いますが、後戻りさせてはなりませんよね・・
皆さんはどう思われますか?

海行かば


儀式の時は必ず歌う様にと命じられ「君が代」に次ぐ準国歌的役割を果たしました。

海行かば
水漬(みづ)く屍(かばね)
山行かば
草生(くさむ)す屍
大君(おおきみ)の
辺(へ)にこそ死なめ
かえりみはせじ

歌詞の意味は
海の戦では 水に漬かった屍となり
 陸の戦にあっては 草生る屍なって
 天皇陛下のおそばで死のう
 後悔はしない、けつして
 ふりかへることはないだらう


2006年8月24日

戦場で何が起こっていたか?


0e9ddd452ed5571e7885b383fd76d3c3.jpg会員さんの中には、毎週違った手書きの掲示板を作って平和憲法を守ろうと訴えている方がいます。通学路で、小学生も立ち止まって読んでる姿を良く見かけます。
この意気込みは書いてる私も見習わないといけないな~~といつも感じています。

2006年8月21日

戦争体験を聞く会の感想(投稿)


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最初に公民館に着いてビックリした事は沢山の資料の展示でした。
戦火の尾張旭の様子が良く分かりました。分かり易くて感銘を受けました。
初めて聞いた渡辺みかこさんのシャンソンも素敵な歌声で、平和を守りたいとの思いが伝わってジンときました。

 さて近藤さんの話はいわば加害者側からの戦争体験の話でしたが
人前で中国人の首を斬殺さしたり、妊婦を銃剣でお腹を裂き見世物にしたとか、娘らを強姦したら殺す!(死人にくちなし、と言う事だそうです)乳飲み子を母親から取り上げ谷へ投げ捨てた。子供に"みの"をかぶせ火の中に投げ入れ、熱い熱いとみのがゆれるさまを喜んで"みの踊り"と言ったそうです。普通の心境じゃ出来ない出来事ばかりです。

数え切れない蛮行をしてきた日本が、中国でやってきた歴史認識からしたら、日本を再び戦争出来る国に出来ない!!と強く訴えておられたのは印象的でした

近藤さんは中国だけでなく、沖縄の地上戦も体験され全滅の悲劇の中奇跡的に生き残った体験も話されました。激しい戦闘で戦争と言うものは、国民の犠牲に成り立っていると実感いたしました。、

 この聞く会には沢山の方が来てて熱気ムンムン!中央公民館の一番広い部屋が人人人・・高校生の方が「戦争体験の話を聞けて良かった。私は"戦争を知らない子供達"と言う歌が大好きですが、いつまでも戦争を知らない子供達が増える事願っています」と発言していました。感心しました!!

バンクーバーで平和フォーラムに行かれた方は「外から見ると日本は危ない方向へ行ってるのが良く分かる。ところが日本人は無感心な人が多い。九条は世界の財産です。是非守ってくださいね!」と言われたと発言され、私も勇気をもらっちゃいました。

呼びかけ人の田中さんが「戦争体験があまりにもむごい、子供達へ話すのをためらってきた事が若い層での憲法改正賛成派が増えてる要因!今戦争体験を語りつぐ重要性が高まってる事等、胸にドスンと来て参加してとてもよかったです。

私ばかりでなく、一人一人の方が憲法を守らなければ・・・と言う絆で結ばれてる雰囲気を感じる素敵な戦争体験を聞く会でした。ありがとうございました。
 

中央公民館では一番大きな部屋が満席で200名を超える方が聞きに来ていただきました。お礼申し上げます。一層輪を広げ、絶対に憲法9条を守りましょう!!

2006年8月20日

戦陣訓は何を強制したか・・


戦陣訓は1941(昭和16)年に陸軍大臣東条英機の名で出された将兵のための「道徳書」で、全軍に指示徹底された。

特に第8の『生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍(ざいか)の汚名を残すこと勿(なか)れ』は有名で、全将兵に死を強制する役割を果した。つまり、戦死者は英雄だが、捕虜になることは最大の屈辱という価値観の形成をしていったのである・・・・
それゆえ、生きて捕虜になった場合は、「非国民」と非難されました。
このため沖縄戦では集団自決などや、無謀な突撃が行われ、死を強制された。


2006年8月19日

九条の会尾張旭とは


九条の会・尾張旭とは

【目的】  あらゆる立場の違いをこえて、憲法九条の改定に反対し憲法を守るという一点で手をつなぎ、尾張旭市内で"の憲法を守ろうと言う"世論と運動を広げるための活動を行う。

【活動内容】 ①  「九条の会アピール」に賛同し、活動する会が、地域・職場・団体など草の根に結成されるよう働きかけ、協力する。 ②  憲法九条の改定に反対し憲法を守るための組織やグループに交流や情報交換の場を提供する。 ③  講演会・戦争体験を聞く会等、学習会等の開催、パンフ・冊子の作成、その他憲法を守るために有益な諸活動。 ④ 愛知や東京の「九条の会」や全国各地の「九条の会」との連携。

【発足】  呼びかけ人により、2006年4月30日に結成集会を開き、基本的とりきめ事項を決定し発足致しました。

【組織体制】 ①  会員は趣旨に賛同した個人とする。 ②  入会金は無料。 ③  呼びかけ人は、会を発足させ、会の趣旨を広く呼びかける役割を担う。 ④  呼びかけ人の中から世話人を若干名選出し、世話人会を設け、会の運営にあたる。 ⑤  世話人の中から代表世話人を選び、会の代表する。 ⑥  日常活動を担う組織として、世話人会のもとに事務局を設ける。 ⑦  事務局は尾張旭市の           に置く。

 【財政】  会の財政は、寄付金(個人・団体)と入会金などをもって賄う。

戦争体験を聞く会



第3回 戦争体験を聞く会
<日時:2006年8月20日 12時開場13時半開会~16時終了予定
<場所:尾張旭市中央公民館第4研修室
<内容:シャンソン**愛と平和を歌う**
                   渡辺みかこさん他
     従軍体験「二つの戦場--中国と沖縄」
                   近藤一さん
     意見交換  戦争資料の展示(12時~16時30分)
<主催:  九条の会・尾張旭/平和の会・旭  (共催)
<託児所もあります。 1階子供室  安心して参加して下さい
              

活動予定


憲法と教育基本法改定問題学習会

とき:   9月9日(土)   13:30~15:30
会場:   尾張旭市中央公民館・第2研修室
講師:   村上俊雄さん(元県立高校教師)
その他:  講師の話の後、質疑応答、参加者による意見交換など行います。



第1回 ピースコンサート
<10月21日:中央公民館にて始めてのコンサートを開きます。
お琴・三味線演奏・シャンソン等
渡辺みかこさんの素晴らしい歌をゆっくり聞くことが出来ます。


平和であるからこそ音楽が出来る・・・