2007年2月22日

いんばユーストアー前で、宣伝行動やりました


最初に、ゴンタさん、コメントありがとう。青梅マラソンで、九条の会のゼッケンつけて走ったなんて、驚き!良くやりましたね。えらい、えらい。自分の得意分野で、同時に九条の会の宣伝できるなんて、最高ですね。そんな人が増えていけば、日本も楽しくなりそうです。
 私たちは、市内のスーパー前で、今日2月22日、11時から12時まで、宣伝行動しました。14名の老若男女が、会のリーフ「憲法第9条 平和への道」を配り、署名のお願いをしました。署名が37名、賛同人になってくださった方も3名いました。戦争体験のあるお年寄りはもちろんですが、今回は小さい子どもさんを連れた若いお母さんの反応が良かったように思います。安倍総理の、5年以内の改憲発言をはじめとして、テレビや新聞から見えてくる雰囲気に、何かヤバイと感じている人が多いようです。ちょっと怖い気がする。上の人がすることだから仕方がないと諦めているわけでもない。でも同年輩の人との会話には、9条や平和の話なんて出てこないし、他の人が何を考えているのか分からない。
 署名くらいはするが、賛同人までは、ちょっとという人が多いようです。私たちはそういう人たちと手をつなぎたい。つないだ手で、戦争をしたいという勢力を包囲したい。ちょっと勇気を出して、手をつないでください。それから、自分の周りの人々との会話の中に、平和や9条のことも意識して入れてみてください。他の人も、きっとあなたと同じように、ちょっと怖い、戦争になりそう、なんて思っているかもね。                   ハーチャ

2007年2月 7日

生命を節約して生きていませんか?


「サラリーマンは、余分なことは損だと考える。先ず社内の「通達とか規定」に自分を没頭させることによって、それ以外のものを余分とする精神を踏み込ませてしまう。「人間とは」という"問い"など口に出すのも気恥ずかしいものに一変している。それこそ、もっとも余分なものだからである。あらゆる"問い"そのものがすでにある秩序の静かさをこわす。「実務解説」になじんだ精神に"問い"ほど煩わしいものはない。「現実はネ」と呟きながら。それで10年、20年と過ごせばどうなるのか?」
 『ひとつの昭和精神史・・・折原脩三の老いる、戦場、天皇と親鸞9』(伊藤益臣著)思想の科学社
 からの引用です。1918年生まれの折原脩三の生き方、考え方に子どもの世代に当たる伊藤さんが迫り、人間について考えさせてくれる本です。
 著者である「伊藤益臣さんを囲む会」をやります。興味のある方は気軽に参加してください。
 《日時》 2月10日(土)13;30~15;30
 《場所》 尾張旭市中央公民館  会議室1
 《茶菓代》200円
 「九条の会・尾張旭」会員企画

2007年2月 2日

後世の子供たちに言いわけをしない私でありたい!


 九条の会・尾張旭ニュースの第5号ができました。B5版12p。「9条をまもる平和祭り」の写真とか絵手紙とか見るだけでも楽しいし、内容も充実しているので、3回読んでも飽きずに、ふんふんなるほどと感心してしまいました。中でも佐々さんの、「後世の子供たちに言いわけをしない私でありたい!」には、ドキリ。少し、引用しちゃいます。「昭和30年ごろ・・・あの時の苦しみにゆがんだ母の顔を今でも忘れることができない。『そんなこと言ったってお前、あのころ、そんな・・・反対なんてできる状態じゃなかったんだよ!』『おかあちゃん、おかあちゃんは戦争に反対した?』という小学生の娘の純真な質問に母は絶句し、うめくような悲痛な叫びをあげたのだ。わたしは学校で憲法9条について学び、もう戦争はしないという誓いに内からわき上がる喜びと誇りに身を震わせていた。身をもって戦争に反対した人たちがいたということにも深い感動を覚え、その興奮をそのまま、母にぶつけたのだ。」佐々さんのすごいところは、その次にある。彼女は母に詰め寄るのである。「じゃ、これから戦争が起こりそうになったとき、反対する?」と。「母は『もちろん!』と強い口調で約束した」この事件が、彼女の平和に対する姿勢の原点になったと言う。はっと気付くと、教育基本法は改悪されたし、憲法改悪の動きは差し迫っている。石坂啓の「今は戦前ではありません。すでに戦中です」という言葉におののく。母と同じ言いわけをしてしまうことになりはしないかと。「自分がどんな状況に置かれようとも、憲法を守り、平和を守り通さなければならない。それは今は亡き母との約束でもある」本当に、今が最後のチャンスではないかと思います。戦争が嫌なら、イヤといいましょう。多数がいやいやと言えば、わいわいがやがやいやいややいやいです。国民主権なんだから。なんとかしちゃいましょう。     ハーチャ