2007年3月13日

小説家高橋源一郎さんと考えるニッポン国憲法の秘密


 9条改憲に対する腰の引けた朝日新聞の姿勢にがっかりして、40年近い購読をやめて中日にした私のところへ、朝日新聞2月22日付けのタイトル名の文章が回ってきました。源さんは、ニッポン国憲法のことを、「21世紀のいまこそぴったり、筆舌に尽くしがたいほどイケてるんじゃないかと思うようになったのである」といっています。また「内田樹さんの『9条どうでしょう』の、「憲法は矛盾しているから素晴らしい」という文章に、目から鱗とは、このことですよ。と感動し内田さんの本の内容を紹介しています。「--戦後60年、「戦力」を持たないと憲法に明記しながら、実際、この国は「戦力」を保持してきた。その結果どうなったか。すごく上手くいっちゃったのである。おまえのところは一人前の国だから海外に軍隊を派遣せよと言われれば「憲法があるので無理」と答え、「軍備を増強せよ」と言われれば「まあ憲法もあるのでほどほどに」と答える。憲法に縛られ、弾の一発も自由に撃てない「日陰者の軍隊」をショーウインドウに飾り、他の国の憲法諸君が、何の悩みもなく「イケイケ」でいるのに対して、この国の憲法は、青ざめた表情で様々な「矛盾」に絶えず苦しんできた。そして、その合間に、ひそかに経済発展に専念することができたのである。平和と繁栄を享受できたのは、憲法が「矛盾」していたおかげなのだーー」と。確かに、軍隊は日陰者扱いくらいが丁度いいのかも。軍隊が、大きな顔をして発言を始めると怖いですよね。後ろに武力をもっているんだから、暴力団の比じゃ無いでしょう。いざとなれば、クーデターを起こすし、産軍一体が始まれば、金儲けのために戦争を始めるようになります。そんなことのために戦って死んでいくなんて、可哀想過ぎます。さて、源さんの独創はその後の部分です。「ニッポン国憲法は、政治の言葉しか知らなかった憲法に、神話や文学や哲学のレベルの言葉をを付け加えた。彼らは、来るべき世界の混乱に立ち向かうためには、そのレベルのコトバが必要だと考えた。それが、おとなの叡智というものなのだ。彼らの予感は正しかった。宗教戦争やテロは何故起こるのか。難民はなぜ彷徨い続けねばならないのか。イジメはなぜなくならないのか。ネットでなぜいつも誰かが血祭りに上げられるのか。それは、人々が、無意識の中に、「異質な他者」を排除しようとするからだ。打ち破るべきは、その「原理」なのである。こんな考え方は空想的で、現実的な力を持たないのだろか。実は逆だ。生命や神話や文学の原理のほうが、国家や政治の原理より、ずっと、限りある我々の生を豊にする現実的な力を持っていることを歴史は教えてくれる。だが困ったことに、子どもには、おとなの叡智がわからないのだ」。
 さて、質問です。さて、文中に出てくる、「子ども」って、例えば、誰なんでしょう。名前をあげてみましょう。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://owariasahi.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/52

コメントする