2011年5月29日

「中村哲講演会に970名の参加」


 528日は、雨の降る日になりました。チケット売り上げ

 

は、確約も合わせて800枚程度。カンパのつもりで購入して

 

くれた人も多かったし、7掛けとしても、560名。当日券参加

 

者をあてにしていましたが、雨では、100名以上は減ることで

 

しょう。最悪、500600?何とか、700人入って欲しい。

 

 開会30分前のがらんとした客席を見ながら、祈るような気持

 

ちでした。

 

 しかし、その間ぞろぞろ、ぞろぞろと人々は会館に詰めかけ、

 

最終的には、970名もの参加者でした。うれしい~♪。

 

 中村さんの90分に及ぶ活動報告と30分の質疑応答の素晴ら

 

しさ。活動内容のすごさには皆圧倒され、皆さん感動されたよ

 

うです。

 

 閉会後、ロビーにいたスタッフが、「出てくる人々が、次々と

 

カンパ箱にお金を入れ、『こんな素晴らしい会、また企画して下

 

さいね』とか言いながら、感激した面持ちで帰っていく姿を見て

 

いたらうるうるときてしまった」と言ってみえました。

 

 カンパ、沢山集まりました。赤字覚悟で、500円の入場料で開催

 

しましたが、大勢の皆さんの参加とカンパのお陰で、中村さんに

 

規定の講演料にプラスしてかなりの額をお渡しできそうです。

 

 本当に有難うございました。当日の夜、70代の会員の女性から

 

電話がありました。「中村さんは、テレビでもよく見ていたし、あん

 

な立派な人が来てくれるのに、雨で人が少ないといけないからと思

 

って参加した。大勢でよかったねえ」と。

 

 会場前に、子どもを連れた若い男性が、「参加できないが、資料が

 

あったらくれないか」というので、資料を渡すと、立ち去って、しば

 

らくするとまたやってきて「参加したい」という。託児案内をしてい

 

Yさんが、急遽託児室に連絡を取り、彼は1人で、講演会に参加で

 

きたということをYさんから聞きました。託児の子どもは、合計13人。

 

母子室も2組の方が利用しました。アンケートに託児をしてくれてよか

 

った、と2人ほど書いてみえました。若い人の参加をこういう形で大い

 

に支えて行きたいものです。今は満足感でいっぱいです。

 

 皆さん、本当に有難う。      幸

 

2011年5月26日

福島原発の"暴走"は何を警告しているか


先日、タイトルの題のお話を聞きました。柘植新名古屋大学

 

名誉教授のお話はとても分かりやすくてよかったです。

 

 広島・長崎・ビキニと3度の被爆で、日本中に反核の運動が

 

広がり、1958年には平和行進が始まった。そんな中、日本を

 

反核、反米にしないために、アイゼンハワーが、「原子力の

 

平和利用」を言い出し、日本を原発の道に引き込んでいく。

 

 アメリカ初代原子力委員長が半世紀以上まえに述べた述懐

 

が面白かったので、孫引きさせてもらいます。「・・・原子力

 

発電の技術体系全体が、いまだ研究・実験段階であり、すべて

 

の原発は、不完全な"欠陥商品"だと云わねばならない。さら

 

に原発から発生する膨大な量の放射性物質の貯蔵・処理技術や

使用済み核燃料の再処理技術もまた"未完成技術"に過ぎない。

 

     ・・中略・・・近年、私は次のようなことを自問することが

 

しばしばである。『我々アメリカ人には、複雑で、未完成で、

 

基本的には不完全な原子力システムを、技術レベルが我々より

 

はるかに低い国(当時の日本をさす)に推奨し、売りつける

 

"道徳上の"権利があるのだろうか』と・・・」。

 

このリリエンソールの良心的な「述懐」は、現状のグローバル

 

な原子力問題にそのまま当てはまる!!と、柘植先生は言われ

 

ました。世界一の地震大国に原発を作ることは、狂気の沙汰

 

だとも。

 

 ドイツ、イタリア、スイスが、福島原発事故を踏まえて、脱

 

原発に舵をきりました。日本政府はこの事故を教訓にもっと安全

 

な原発をめざすと言っているようですが、日本を原爆と原発の

 

実験場にするつもりなのでしょうか?日本人は、モルモット扱い

 

されても大人しく従うだけなのか?

 

 ドイツでもスイスでも、反原発でかなりの規模のデモを行って

 

いました。私達日本人も、誰かがなんとかしてくれるのじゃない?

 

という受身の姿勢を捨てて、一歩踏み出さなければならないので

 

はと考えさせられたことです。            幸

 

2011年5月24日

中村哲講演会で質問を


中村さんは、講演の後の質問に答えるのが好きだそうです。

 

確かに一方通行で話すだけよりも、聴衆の関心のあるところを

 

質問してもらって、それに答えるほうが、変化に富んでいて面

 

白いかもしれません。

 

 会場が広いので、質問者は勇気がいるかもしれませんが、どし

 

どし質問をしましょう。いま私が思いつく質問としては、

 

オサマビンラディンが殺されたことを中村さんはどう思っているん

 

だろうか?そのことによって、何が変化するのか?

 

日本人と、アフガニスタン人とを見比べて、1番違うと感じること

 

よく似ているなと感じることは?今の日本人に何が欠けているか?

 

他に何かいい質問はありませんか?           幸

2011年5月22日

40年前の職場の同僚から「参加します」の手紙


  『私の戦争体験集』を差し上げたいということもあり、つい

 

でに、中村哲講演会の当日精算チケットも同封して送りました。

 

すると、東海市に住んでいるTさんから、お手紙がきました。

 

「中村哲さんの講演会の連絡ありがとうございます。28日尾張

 

旭市文化会館ホールへ出かけます。中村哲さんのお話を直接聞

 

いて『生命』の原点を、自分の中へ取り入れたいと思います。そ

 

の時、あなたともちらっとでもお会いしたいですね。楽しみにし

 

ています。」

 

 彼女は、私の最初の職場の二年先輩で、包容力のある実に優し

 

い人でいろんなことを教えてくれました。全てが懐かしく慕わし

 

い人です。

 

 ビックリして早速電話しました。すると、「澤地さんや、佐高

 

さんのお話も聞きたかったわ」と。「こんな遠い処まで来て頂く

 

なんて申し訳なくて、お誘いできなかったわ。今回は、冊子を贈

 

るついでがあったから...」「尾張旭市って、愛知県でしょう?

 

遠くないわよ。いいお話なら、でかけますよ」とのこと。

 

 撃てば響くように、こんなに応えてくれる人がいた。ああ、

 

こんなにも簡単に出会えるのに、電話も手紙も出さず、年賀状

 

だけの付き合いをしていた。よし、今年は、何かのついでではな

 

く連絡をとって彼女とデートしようと心に決めました。  幸

2011年5月21日

撃てば響くような反応


 昨夜電話がありました。「Kです。手紙読みましたよ。地道な

 

活動をしているんだなあと、じーんと来ましたよ」と。同封した

 

『私の戦争体験集』を読んで、「書いてあるのは、よく聞く話とは

 

いえ、よくやっていますねぇ。中村哲さんは、興味もってみてまし

 

たし、かみさんも聞きたいというから、高校生の娘と3人で行き

 

ます」。

 

 彼との出会いは、彼が高校生の頃。もう35年もまえのこと。最

 

後に会ったのだって、20年以上前になる。長身の細身の体に、笑

 

顔が似合って、何よりも理想を求めて理屈っぽく追求していく姿勢

 

が、かっこよかった。(年越し派遣村の湯浅さんに、ちょっと似た

 

雰囲気)そのあとは年賀状だけのやりとりで想像していたのだが、

 

家庭を持って仕事と生活に追われながら暮らしていると・・・。

 

 でも、忙しい暮らしの中でも、中村哲さんのような人に注目し、

 

しかも夫婦でその感情を共有しながら生きていてくれた。そうして、

 

私の唐突なお誘いに、撃てば響くように反応してくれる。

 

 若い日のあの試行錯誤のあれこれは、けっしてムダではなかった

 

のだ。私は嬉しくて嬉しくて、心がどこまでも広がっていくような

 

喜びに満たされてしまいました。          幸

2011年5月17日

中学生の反応


 中村哲講演会の前日、5月27日の金曜日に、旭西中の12年生

 

は、ペシャワール会の事務局長のお話を聞くことになったそうです。

 

中村さんが尾張旭までいらっしゃるなら前日に来て、話して貰えな

 

いかとお願いしたところ、事務局長さんが、「私でよかったら」と

 

引き受けてくれたとのこと。ダメもとで、当ってみて良かったです

 

ねえ。ペシャワール会も、若い人たちに、この活動を伝えていきた

 

いのでしょう。九州から話に来て下さるのですから。西中3年生は

 

修学旅行のため、参加できないそうです。

 

 昨日、513日に、三郷駅のあたりで案内チラシをまいたのですが、

 

東中の女生徒が3人踏み切りで電車待ちしていたので「西中ではねえ

 

・・  」と説明すると、1人が、「もう1枚下さい」と、さっと手をだ

 

したのには驚きました。自分たちに身近なものに感じたのでしょうか?

 

嬉しかったです。中学生や高校生や若いときにこうした活動に触れる

 

っていいよね。

                    幸

高校生からの電話


 ちょっと自信無げなやさしい調子で、「中村哲講演会に参加

 

したいのでチケットが欲しい」という電話がありました。住所

 

をお聞きして、近くの会員に早速届けにいってもらいました。

 

すると、高校生らしい子どもが出てきたので、「家の人は?」と

 

聞くと、「電話したのは、僕です」とのこと。朝駅で、ビラまき

 

をしていたのを貰って知ったということです。高校生以下無料

 

なんで、チケットいらないんですけど、会員は高校生がそんな

 

反応をしてくれたことが嬉しくて、チケットを渡してきたと言

 

っていました。

 

 他にも、「高校生や中学生の子供を連れて行きます」という言

 

葉を何人かからいただきました。託児申し込みも、只今10人と、

 

母子室2組。託児申し込みがこんなに多いのも、今回初めて。

 

中村哲さん、さすが若い人に知られているようで嬉しいです。幸

2011年5月15日

ニュースを配布しました。


第30号のニュースを、会員のお宅に届けて回りました。2ヶ月に

 

1回、お会いしてお喋りするのが楽しみです。

 

 あるお宅では、家の前の畑のナスの株が、四方をビニールで囲まれ、

 

そこへ息子さんらしき人と、支えの棒を立てている最中でした。「今

 

は。お忙しい最中ですねえ」と声を掛けると、微笑みながらいそい

 

そとこちらに来てくださり、「今もってきますねえ。休みの日でない

 

と、手伝てもらえないから」と、家に入って行き、「ご苦労様」とい

 

いながら千円を渡してくれました。この方は、2年ほど前に、電話を

 

かけてきて下った方。「前から、9条の会に入りたいと思っていたけ

 

れど、どうすれば良いか分からなかった。先日、家にチラシが入って

 

そこに電話番号があったので電話しました」と。早速お宅まで飛んで

 

いくと、「90過ぎで病気勝ちの夫がいるし、自分も80過ぎだから何も

 

できないが、出来ることはやらせて貰う」と仰った。「2ヶ月に1回

 

、ニュースをお届けに来ます」と言ってニュースをお渡しすると、

 

「ニュースを届けてくれる度に、千円のカンパをさせてもらう」と言

 

ってくださり、それ以来いつも気持ちよくカンパを下さる。そんな形

 

で、私たちの活動をさせて下さる人がいるというのは、とてもあり難

 

く、励みになります。          幸

2011年5月13日

映画「いのちの山河ー日本の青空Ⅱ」を観ました。


瀬戸蔵で上映された映画「いのちの山河―日本の青空Ⅱ」を観て

 

きました。雪深い岩手県の沢内村を舞台に、1955年~1965年ぐ

 

らいの間に無医村から、乳幼児死亡0を達成し、老人と乳児の

 

医療費無料化で、全国の先駆け的存在となった実話を映画化した

ものです。

 

 「全ての国民は、健康にして文化的生活を営む権利を有する。」

 

という憲法25条を実現させるための闘い。憲法をしっかり使って

 

います。「主権在民」という言葉も、飾り物ではない。すごい!

 

 40代の女性と一緒にいったのですが、後で、窯の広場でランチ

 

を食べながら、「あんな話があったって知ってました?」と聞かれ

 

ました。残念ながら全く知りませんでした。 まだまだ知らない

 

素敵な話が沢山あるのでしょう。機会を作って下さった瀬戸の皆

 

さん、どうも有難うございました。

 

入場者に配っていただいた「中村講演会」のチラシをじーっと見

 

ている人が何人もいらして、思わずお誘いの声を掛けてしまいそ

 

うでしたが、あまりにずうずうしいかと思いとどまりました。

 

                         幸

2011年5月12日

ニュースに載った「賞」という題の詩


 最新の30号のニュースに、「賞」という題の詩が載っています。

 

ノーベル平和賞を取り上げ、オバマ大統領や佐藤栄作や、キッシン

 

ジャーや、ずらりと並べられた受賞者の名前のほとんどが政治家で

 

あることに驚きます。

 

詩は続く、「人道や 平和などに 功績があった人への 賞なら

 

他に相応しい人が いるじゃないか 戦火の国で 貧しい人々を

 

診察し 満足に食えない そんな人たちと 井戸を掘り 水路を

 

開く その資金を得るため 話をし 本を書く 人の命を救うため

 

自らの命を削り 他国の地に命をあずける そんな日本人 その人を

 

 「ファザー・テツ」 とでもいいたい ノーベル平和賞って

 

そんな人たちのために あるべきではないか」と。

 

 なるほど、同感です。この匿名氏、なかなかやるね。

 

最後に中村哲さんを持ってくるところが憎い。謝謝     幸

第30号ニュースのホッチキス止め作業


 今日は、「九条の会・尾張旭ニュース第30号」のホッチキス止め

 

作業をしました。まず、B4の紙に裏表4枚印刷して半分に折ってある

 

ものを組んで16p立てのニュースを1100部作ります。次に宛て名の

 

書いてある用紙と中村講演会当日精算券をニュースの表紙にホッチキ

 

スで止めます。お終いに、黄色いチラシを2枚ずつ挟み込んで完成。

 

 手作業しながら、宣伝したいことがあれば皆に伝えたり、お喋りす

 

ル人、黙々と作業に励む人、いろいろです。

 

 2ヶ月に一度で、1時間半ほどの単純作業ですし、都合のつくとき

 

だけ気軽に参加できるしで、いつも20人以上の方が参加していい

 

雰囲気でやれます。

 

 ボランティア精神に富んだいい人に一杯出会えて、幸せな気持ち

 

になりました。 9条の会って、そこがいいんです。      幸                                                          

2011年5月11日

中村哲、DVDさしあげます。


中村哲さんが、テレビのETV特集で紹介されたものを

 

DVDにして、見てもらっています。80歳近い女性の方が、

 

それを見て、「この人が来るのなら、参加したい」と。

 

そのお宅は、DVDの機械は壊れているが、パソコンで見た

 

ということです。デジタルビデオの機器のあるかたでした

 

ら、「報道ステーション」と「週刊ブックレビュー」も見られる

 

DVDがありますので、ご連絡下さい。無料でさしあげます。

 

 映像の力はすごいものがあります。そしてテレビや、DV

 

Dをみる機会のあった人は、やはり、本人にあってみたくな

 

るようです。せっかくのチャンスですものね。  幸

 

2011年5月10日

若い母親達の参加申込み相次ぐ


 

若い母親からの参加申込み

先日、「中村さんの講演会、託児お願いします」との電話。

4歳と11ヶ月の子どもとのこと。母子室といって、ガラス越しに

講演者のお話を聞ける部屋を使ってもらうことにしました。でも、

春日井から、電車を乗り継ぎ、2人の子どもを連れて参加して下さ

る心意気に感激。ペシャワール会の会員だそうです。

 守山からも生協の案内で見ましたと、4歳の子供の母親。

 瀬戸からも、息子夫婦も一緒に行きますので2児の託児を。

今日は尾張旭の人からも、託児以来の電話。

 澤地講演会にはなかった動きです。中村さんは、若い人に

人気があるようです。若い人の熱意に応えたいと思っています。

子連れ参加歓迎です。

                      幸

 

2011年5月 6日

大震災を利用して改憲をしようとしている勢力


今回の東日本大震災と原発被害の状況をみますと、あまりの

 

悲惨さ恐ろしさに茫然としてしまいますが、東京や名古屋の

 

大空襲に原爆が重なったようなものだという意見になるほど

 

と思いました。あの原発を企業利益のために「安全神話」で塗

 

り固め推し進めていったと同じ勢力が、自分たちの目先の利益

 

のために、何としても改憲に風穴をあけようと、必死の努力を

 

しております。震災で危機管理が上手くいかなかったのは、憲

 

法に条文がないからだから、憲法に付け加えろとか、1度に色々

 

変えるのは無理だから、先ずは、国会議員の3分の2の賛成を

 

2分の1に変えて、改憲をしやすくすることだけに力を注げとか

 

主張しているそうです。最終的には憲法9条を変えて、戦争ので

 

きる国にすることが、彼らの狙いなのでしょうが、まずは、「蟻

 

の一穴」からということ。騙されないようにしないと・・・。

 

 まずは、国際貢献の見本のような、「歩く日本国憲法」と言っても良い

 

「中村哲」さんの講演会を参加者で一杯したいです。     幸

 

2011年5月 5日

高見恭子と仁木英之


NHKのブックレビューという本の紹介をしている番組で、佐高信さんが、

『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』を取り上げていました。

これは、中村哲さんにほれ込んだ澤地久枝さんが、中村さんにインタ

ビューして、アフガニスタンでの活動から、家族のことまで、「ここ

まで聞いちゃうの?」というくらい率直に質問し謎に満ちた中村哲像

をくっきりと浮かび上がらせていくものです。

 その番組に登場していたのが、「高見恭子」というタレント。

澤地さんの、自分を出さずに黒子に徹している姿勢と、中村さんの

特別なことなんか何もしていませんよという自然体の活躍に、いたく

感動して、「私も、これを読んだら何かできることを、まずこの本を

誰か他の人に読んでもらいます」と興奮で顔を赤らめていう様子が、

とても可愛くて好感がもてました。

 もう1人、「仁木英之」という若い作家。『僕僕先生』という作品

を書いているそうですが、いがぐり頭の人。彼は、中村さんと一緒に

働いていた伊藤さんが、武装勢力に殺害されたときに、テレビで中村

さんを見て、「厄介なおっさんがいるなあ」と思ったそうです。でも、

この本を読んで、思考停止して、そんな風に思ってしまった自分を

反省し、同時に、その時のマスコミの扱い方がそう思わせるように

仕組まれていたんじゃないかとも思ったといっていました。

 二人とも、中村さんを知らない普通の日本人の感覚に近いのかな

と興味深かったです。

 会のDVDを見る会で、ETV特集「アフガニスタン永久支援のた

めに」と、報道ステーションより」とあわせて、このブックレビューを上映

しました。すると、「この本を読みたいから取り寄せて欲しい」という

人が続出して、25冊も取り寄せることになりました。

このDVDを見る会、二回とも30人ほどの参加で好評でしたので、

5月8日《日》1時半~中央公民館でもう一度やることにしました。

 100円カンパでどなたでも参加できますのでお出かけ下さい。

 それにしても、私たちの会の1周年には、「佐高信」さん、3周年

には、「澤地久枝」さん、5周年には、「中村哲」さんをお呼びする

わけですが、この本を巡ってこの3人が登場したことにビックリです。

 

中村哲さんの活動


 ペシャワール会の活動はこちらから(九条の会・尾張旭の講演会の日程も載っています)

  ペシャワール会のホームページ

 中村哲さんの活動を紹介した動画です。
アフガニスタン 永久支援のために 中村哲 次世代へのプロジェクト(1)

アフガニスタン 永久支援のために 中村哲 次世代へのプロジェクト(2)

アフガニスタン 永久支援のために 中村哲 次世代へのプロジェクト(3)

アフガニスタン 永久支援のために 中村哲 次世代へのプロジェクト(4)

youtubeへアップされたものをリンクしています。

2011年5月 4日

60代って一番いいときですよね。


 中村哲講演会のチケットと、小冊子「私の戦争体験集」を買ってい

ただくために、今日は5人の会員の方を訪問しました。ところが、若

い方はお留守で、家にいらしたのは、3人とも、80代の方でした。

 「中村哲さんは65歳で、私と同年なんです」と、いいますと、「

私の歳になるまでに、あと20年近くあるねえ」とか、「60代って1番

いいときよね。まだまだ動けるし。私この5月で84歳になるんですけど、

10年前から、主人が入退院を繰り返していて、この歳になると看護も

大変です。若い人は、戦争のことも全然興味なくて、家の孫も聞いて

くれない」

 でも、3人ともしっかりと自分のなすべきことをしていらっしゃる。

チケットも冊子も買ってくださり、カンパまで下さった人も。

戦争体験のあるその年代の方々が、最後の踏ん張りをして、9条を

守る運動を支えて下さっているのを実感しました。

 私も、「ああ、65歳になっちゃった」とがっくりきていたのが、

「そうか、60代って1番いい時なのか。しなければならない仕事も

終えて、1番したいことを思いっきりできる時かもしれないな。80

代の方から見れば、ほんと、私は若い!頑張らなくっちゃ」と、思

ったしだいです。

小出裕章「福島原発で何が起こっているのか」DVD


 「福島原発で何が起こっているのか」ーその2ー

京都大学原子炉実験所の小出裕章さんが語っているDVDを見て、

怖くなりました。原発事故から1ヶ月ちょっとの4月14日の制作で

す。何となく、原発事故もこれで収まるのではないかと思ってい

ました。菅総理もそう言っていたし、新聞テレビの論調も、一番

危険なときは脱したかのようでした。何よりも、2ヶ月も同じよう

な報道を聞き続けていると、こちらも慣れるし飽きてくるしとい

ところがあったのでしょう。

 小出さんのお話を聞いて、頭から冷水をぶっかけられたような

気がしました。全く解決の方向に進んでいないということです。

毎日毎日綱渡りのような危険な状態で、福島原発の中では、放射

能をあびながら作業が続けられている。それが、まだ何ヶ月も続く。

最悪の場合、水蒸気爆発が起きると、チェルノブイリの100倍もの

放射能に汚染される可能性すらあるということです。

原発推進派の人々が、今回の事故を、小さく見せよう小さく見せ

ようとしているが、本当はもっともっと怖いことのようです。

 

2011年5月 3日

ダグラス・ラミス・・憲法記念日講演


 

今日は5月3日。憲法記念日の集会に、鶴舞の公会堂まで出かけま

 

した。沖縄国際大学非常勤講師のダグラス・ラミスさんのお話が

 

面白かったです。 広瀬隆の『東京に原発を』(廃刊になっていた

 

が、原発事故を受けて集英社から再刊された)では、そんなに安全

 

というなら、原発を新宿西口に置くべきという話から始まった。そ

 

れを真似て、「東京へ普天間基地を」と言いたいと。広瀬は、風刺で

 

 

いったが、自分は真剣だ

 沖縄の世論は大きく変化している。昨年の知事選、98%が、辺野

 

古への移設に反対する票だった。仲井間知事は、県外移設といった。

 

それは、大和日本への意である。この意見が、少数派から多数派に

 

変化した。 沖縄は全領土の0.6%、人口は1%。そこに、75%の基

 

地がある。これは、差別だ、植民地扱いだ。だから、「平等にしま

 

しょう」と、やっと言えるようになった。日米安保条約賛成は、大

 

和は70%、沖縄は7%。安保があるから基地があるんだから安保賛成

 

が多いほうに置けばよい。基地反対派も近くに基地があると、反対闘

 

 

争がやり易いですよ。

 

 大和には、赤字の空港が多いし、候補地は沢山ある。どこにおく

 

かは、沖縄の人に聞くことではない。大和の問題である。分かりや

 

すい例を使って明快に話された。確かにその通りと思うしかないこ

 

となのに、ガーンと一発やられたような、無意識の内に避けて見な

 

いようにしていた現実を突きつけられたような思い。私自身、小牧

 

空港が赤字でも、米軍基地に来られたら嫌だと思っていたし。 幸