2011年6月28日

村上春樹のカタルーニヤ国際賞スピーチに感動


 村上春樹が、6月9日に、スペインで語ったスピーチの全文を読んで、感動しました。この度の、震災と津波、特に原発事故を巡って深く考え、「我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません」というところに、いきついたようです。
 確かに、これまで日本では、あまりに「効率」と「目先の利益」だけを追うことに忙しく倫理や規範など見向きもされない時代が続きました。この3.11を機に、何かが決定的に変わるでしょう。それが、どう変わるのか、村上スピーチには、そのヒントになるものがいっぱい詰まっていると思われます。

 以下、簡単に紹介します。

原子力政策を、安全神話で言いくるめて推進してきた電力企業や政府に対して真剣に腹を立るべきだが、同時にこれまでそれを黙認してきた我々自身をも、糾弾しなければならないだろう。

 我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民なんだ。1645年の広島長崎で、20万を越す人命が失われ、生き残った人の多くがその後、放射線被爆の症状に苦しみながら時間をかけて亡くなっていった。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三ヶ月にわたって放射能を撒き散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。

 今回は誰かに爆弾を落とされたのではなく、我々日本人が、自らの手で過ちを犯したのです。

 我々が戦後一貫して求めていた平和で豊かな社会は、「効率」重視によって、損なわれてしまった。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代る有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだった。
 我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 損なわれた倫理や規範の再生を試みる時、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 結構長くなってしまいましたが、以上です。   幸

 


 

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