2011年7月12日

『ダバオに消えた父』


ダバオに消えた父」というのは、本の題名です。最初にこの本に
であったとき、次々と疑問が浮かびました。「ダバオって、どこの
こと?」「消えた父って?」

題名のつけ方、上手いですよね。さすが、文章もとても上手くて、
一気に読んでしまいました。

ダバオは、フィリッピのミンダナオ島にある都市でした。マニラ麻
の産地で、日本人移民の努力で大変栄え、現地の人とも仲良く暮ら
していたそうです。1940年ころには、日本人が2万人も暮らし
ており、日本人が作った病院で、医者をしていた父親と、看護婦を
していた母親との間に生まれた3男坊が、この本の作者の丸山忠次
さんです。

しかし、楽園のようなダバオにも、戦争がやってきます。お母さんは
日本へ帰ろうといいますが、父親は、「私は医者だ。医者を必要とし
ている人がいる以上、ここで仕事をする」といって、ダバオにとどま
りました。

そして、敗色濃い1645(昭和20)年、医者であるお父さんは
日本兵に連れ去られてしまいます。母子も殺されそうになりますが、
かろうじて魔の手からのがれ、地獄の逃避行に・・・。

日本に帰ってからも、開拓団のなかに投げ込まれ、特にお母さんの
苦労には、涙がでました。

そんな辛い体験を心に刻んで、しっかり戦後を生きていらした作者
には、頭が下がる思いです。

2011年7月11日

守山9条の会5周年の集いに参加して


 7月9日に、「もりやま9条の会5周年の集い」があって、1台の車に5人
も詰め込んで行ってきました。友人がその会にをやっているからという
こともありますが、それ以上に、講師が魅力的だったから。

講師は、知る人ぞ知る、神戸大学の発達科学部教授の二宮厚美さん。男
性です。

面白かったところを、少し紹介しますね。

犬でも猫でも象でも、動物の目は、白目と黒目の区別がつきにくい。し
かし、人間の目だけが、澄んだ白目を持ってうまれてくるのは、何故か。

他の動物は、生まれてすぐ自分で立ち上がってお乳を飲みに行く。しか
し人間の子供だけは、授乳してあげないと、自分からは飲みにいけない。
はじめから、誰かのお世話になる形で生まれてくる。

周りは敵ばかりで、いつも闘いに備えていなければならない動物と違って、
お世話してくれる人と友好的にコミュニケーションを築くために、どこを
見ているかが良く分かるように白目がはっきりしてきたのだ。

顔の表情筋の働きも同じ。

若い頃は、「人間は顔で判断してはいけない」と考えていたが、「顔は
バカには出来ない。50代になると、顔に人柄があらわれると思う。

死んだ時、葬式をするのも、人間だけだ。死ぬ時も、誰かのお世話になっ
て死に、葬られる。

生まれるときから、死ぬ時まで、誰かのお世話になる、1人では生きてい
けないのが、人間というもの。

ところが、最近「無縁社会」と言って、死ぬ時もお世話されずに死ぬ人が
増えている。東京湾のレインボーブリッジの下には、年間1000人もの死体
が、浮いている。

子供の特に0歳児の虐待死が、増えている。

3.11後の日本を憲法の力で、「人間らしい生存をもう一度よみがえらせる」
必要がある。

憲法の前文に、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から
免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とある。

また、第25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を
営む権利を有する」とある。生活に困って生きていけなくなりそうになった
ら、市役所へいって、水戸黄門 の印籠のように、この条文を掲げると、
役所は、何らかの形で対応せざるを得ないのです。

人間が人間らしく生きていくために、仕事の保証が必要、等々。

話が、とても具体的で分かりやすく、やはり来て良かったと満足でした。

尾張旭の方の10人以上は参加して見えました。

 幸

2011年7月 9日

玄海町の岸本町長


福島原発の事故以後、全国に先駆けて原発の運転再開を認めた町長が
いましたよねえ。「安全が確認された」と言って。もっとも、菅総理
が、「全原発でヨーロッパなみの原発のストレステストをやる」と言
ったら、「運転再開は、撤回する」と九州電力に電話をしていました
が・・・。

その岸本町長は、九州電力の玄海原発が発注する工事を多数受注して
いる岸本組の大株主で、弟は社長をしているんですって。

原発立地自治体に電源3法などに基き国から(ということは、我々の
税金から)与えられた巨額な交付金や補助金を使って、玄海町は次々に
ハコモノをつくりました。

それを受注したのも、岸本組。「エネルギーものしり館」という展示
施設などは、来館者のないためカギがかかっているそうです。

ハコモノ作って、町は維持費に追われても、岸本組は、儲かっている
わけです。町長も痛くもかゆくもないわけです。

しかし、原発が止まりでもしたら、お金が降ってこなくなりますから、
一刻もはやく、再開をして欲しくて、安全が確認されたとは思えない
のに先走って、「安全を確認したから、原発の運転再開を認める」と
言ったわけです。

そして、この発言をきっかけにして、将棋倒しのように、次々と他の
原発も再開させようというのが、その筋の人々の狙いだったようです。

そうか、こういう仕組みで、原発も動いていたのか。安全や人の命より
儲けることばかり考えている人たちが大勢いるということですね。

そして、こんなに大きな事故が起きるまで、私達普通に生きている人間
には、知らせれないことが、いっぱいあるんですねえ。

あー怖い。 

2011年7月 7日

松本龍復興対策相の辞任


 松本大臣が、被災地の知事に向かって、どうしてあんな態度と言葉を使ったのか、サ
ッパリ分かりませんでしたが、内田樹さんのブログを読んで、なんかスッキリしました。

 内田さんというのは、最近大学の先生を辞めて、合気道の道場主になられたとか・・・。『日本辺境論』とか、『町場の教育論」とか、結構難しい問題を、ねっころがって気楽に読めるように書いてくれています。バランス感覚がよく、しかもなかなか物事を根源的にとらえており、説得力があるので、好きな人です。

 私が彼のブログを読んで、「なるほど」と思ったところを書きますね。

・・・ 松本復興相がこの会見のときに、最優先的に行ったのは、「大臣と知事のどちらがボスか」ということを思い知らせることであった。動物の世界における「マウンティング」である。
ある種の職業の人はこの技術に熟達している。
大臣のくちぶりの滑らかさから、彼が「こういう言い方」を日常的に繰り返し、かつそれを成功体験として記憶してきた人物であることが伺える。

今回彼が辞職することになったのは、政府と自治体の相互的な信頼関係を構築するための場で、彼が「マウンテング」にその有限な資源を優先的に割いたという政治判断の誤りによる。

気になるのは、これが松本大臣の個人的資質の問題にとどまらず、集団としてのパホーマンスを向上させねばならない危機的局面で、「誰がボスか」を思い知らせるために、人々の社会的能力を減滅させることを優先させる人々が沢山いるという現実があることである。

「ボスが手下に命令する」上意下達の組織作りを優先すれば、私たちは必ず「競争相手の能力を低下させる」ことを優先させる。

自分の能力を高めるのには手間暇がかかるけれど、競争相手の能力を下げるのは、それよりはるかに簡単だからである。

ある意味で単純な算術なのだが、この「単純な算術」によって、私たちの国はこの20年間で、骨まで腐ってきたことを忘れてはいけない。


メディアの相変わらず他罰的な論調を見ていると、メディアには本当の意味で危機感があるようには思えない。

どうすれば、日本人の知的アクティヴィティは高められるのか、ということを政治家や官僚やビジネスマンやジャーナリストは考えているのだろうか。

たぶん考えていない。

できるだけ「バカが多い」方が自分の相対的優位が確保できると、エスタブリッシュメントの諸君は思っているからだ。

松本大臣の「暴言」は単なる非礼によって咎められるのではなく、この危機的状況において、彼の威圧的態度が「バカを増やす」方向にしか働かないであろうことを予見していない政治的無知ゆえに咎められるべきだと私は思う。・・・


なるほどねえ。ボス争いか。テレビで、政治家たちが非難し合っているのも、こう考えると見えてくるものがありますねえ。

でも、何か変。もう少しマトモな国にしていきたいですねえ。    幸

 

2011年7月 6日

太田光さんの小説「マボロシの鳥」が素敵な絵本に


 爆笑問題の太田光さんが、小説「マボロシの鳥」を書いて、賞を貰ったりして、読んでみたいなと思いながら、雑事の中で、すっかり忘れてしまっていました。

 ところが、今日新聞で、絵本になったという紹介を読みました。87歳の絵本作家
藤城清治さんが、

「『マボロシの鳥』を読んで、「世界はきっとどこかとつながっている」というテーマがぼくの思っていることとピッタリでした。「ぼくが書かなきゃいけない。つくらないといけない」と出版社に話したのです。

 ぼくの影絵は60センチから1メートルで絵本の原画としては大きいですが、指先に全神経を集中し、自分の体重をかけて切るため、切った線が生きてくるし、呼吸しているように見えるのです」と。

 そして波に乗って40枚の絵を3ヶ月で一気につくったということです。

 その切り絵が素晴らしい。カラフルな水玉模様の衣装に身を包んだピエロが、右手にマボロシの鳥を持っている。その鳥は華奢で華やかで、まさに鳳凰。手塚治でいうなら、火の鳥。

 舞台を見上げるあまたの観衆たちの表情の面白さ。

 これは、すごい切り絵です。

 恥ずかしながら、今まで藤城清治さんという方を知りませんでした。でも、今日出会えて幸せです。太田光さんは、「憲法を世界遺産に」などとユニークな発想で護憲の発言をなさり、興味深く親しみを感じていましたが、こんな形でまた出会えてよかったです。

 さっそく、いつもの地域の個人の本屋さんに、電話で注文しました。3000円と、ちょっと高いですが、充分その価値はあると思います。楽しみ楽しみ。

 絵本『マボロシの鳥』講談社
 

2011年7月 5日

松本龍復興対策相の発言にビックリ


 たまたま、テレビで松本復興相の発言の場面を見てしまいました。まるで、一昔前の、暴力で生徒をしごきまくる体育系の教師が、抵抗できない部活の生徒を、脅しているような、態度と言葉遣い。

 「あれが欲しいこれが欲しいはだめだぞ、知恵を出せということだ。知恵を出したところは助けるけれど、出さないやつは助けない」「漁港を集約するのは、県で意見集約をちゃんとやれよ。やらなかったらこっちも何もしない。知らんぞ。」(応接間で待たされたことについて)「お客さんが来るときは、自分が入ってから呼べ。自衛隊上がりで、あんたは分かっているだろうけど。言われなくてもしっかりやれよ。今の部分はオフレコな。書いた社はこれで終りだから」。

 今時、こんな態度と言葉を使う人がいるんだという驚き。しかも、相手は被災地の、岩手県知事と宮城県知事。

 復興対策相になり、さあ一緒に協力して復興に全力を注ぎましょうというときの話し合いの場での言葉がこれ。

 政治家として60歳まで、よくこれで、通用してきたものだ。最近よく政治家の劣化が言われるが、こういう場面でこういう態度をとる人を、選挙民が選び続け、しかもこんな大変な時の、復興相などという役につかされるなんて、この後日本はどうなっていまうのか、そらおそろしい気持ちになります。まともな政治家はいないのか?

 私の子供のころ、自民党の代議士に、早稲田柳衛門という人がいて、「実るほど 頭の下がる 稲穂かな」という言葉を、座右の銘にして、腰の低い人でした。戦後、いろいろ反省をして、下駄のすげ替えをしながら、地方を回って民衆と話し合いを続けたそうです。祖父が、早稲田柳衛門に心酔していたので、母に時々聞かされました。

 「実るほど 頭の下がる 稲穂かな」・・・いい言葉だと思います。       幸

2011年7月 4日

手書き看板また頑張ってやろうかな


 今日、バロー尾張旭店で、買い物をしていると、私の前に、Yさんらしき人が・・・。前へ行って見ると、やっぱりYさんでした。1年ぶりかしら・・・。家が取り壊されて驚いていると、建て替えのためで、その内に、大きな2世帯住宅がたち、お孫さんらしき可愛い声が聞こえていました。

 「9条の会・尾張旭」ニュースをポストに入れさせてもらっている人でしたので、「ニュース読んでいただいていますか?」とお聞きすると、「楽しみにしていますよ」とのこと。

 嬉しくなって、「中村哲さんの講演会は、すごかったんですよ。970人も、来て下さって・・・。」というと、「ええ、知っています」「どうして?」「お宅の看板で」「あら、恥ずかしいわ。最近あまり書いていないので」「そお言えばそうですね。私も中村哲さんのお話聞きたかったです」。

 そのあとは、お互いの買い物のために、別れたのですが、そうか、あの人も犬の散歩の途中に、我が家の看板を読んでくださっていたのだと思い至りました。

 そう、私の家は、ワンちゃんの散歩道にあるのです。

 先日も、私が表に出てごそごそしているのに、立ち止まって、じーっと看板を読んでいる女性がいます。やっぱり、犬を連れて・・・。何か話しかけねば申し訳ないようなきがして、「何犬ですか?」と声を掛けました。こういう時、犬の話題って最適ですね。柴犬ですって。でも、柴犬にしては珍しい、「黒柴」。

 いつも散歩の途中に読んで下さっているんですって。話がはずんで、「どこにお住まいですか?」とお聞きすると、何と、すぐ近くの喫茶店のご主人でした。今は、週3回午前中しか開いていない。お年寄り連中が、モーニングサービスにやってきて、昼近くまで、あれこれ、政治の話から原発の話から、賑やかにやっていくそうです。週刊誌も沢山取っているから、話題には事欠かないのでしょう。

 さすが、しっかりした考えをお持ちの方で、「今度何か催しがあったら、私も参加します」と言ってくださいました。

 私としては、家の前に手書きの看板を掲げるようになって、もう6年。少々マンネリ気味で、書き換える回数が、ぐんと少なくなっていました。でも、こんな風に、私の知らないところで、散歩の途中や、通勤通学の途中で、ふいと読んで下さる方があるとしたら、これは、とっても素敵なこと。

 一寸、気持ちを入れ替えて、頑張って書いてみますかねえ。そんな気持ちにさせてくれた嬉しいであいの数数でした。         

                  幸
    

2011年7月 2日

「SHOPP99裁判大勝利!!」というニュース


特に最近、若者の働かされ方が、ひどいなあと思っています。

 正社員の口が減ってきていて、派遣だのアルバイトだの請負だの、簡単に首がきれるんですよね。

 運よく正社員になれても、やたら長時間労働だったり、難しい仕事に神経をすり減らして、精神的にまいってしまったり・・・。低賃金だったり。

 そんな中で、弱い立場の働くものが、手をつなごうというので、できたのが、「首都圏青年ユニオン」です。

「1人でも、誰でも、どんな働き方でも入れる若者のための労働組合です」。

2年か3年まえに、この会の人の講演を聞いて、これは応援しなくてはと、「首都圏青年ユニオンを支える会」というのに、加入してしまいました。すると、月に1回か、2ヶ月に1回か、メール便がきます。

 今回は、「SHOPP99裁判大勝利!!」という記事が大きく載っていました。99円ショップの店長が、管理監督者でもないのに、店長を名前をつけることで、残業代も払わず、長時間働かされ、病気になってしまって、裁判をおこしたのです。そして、提訴から3年、皆の支援のお陰で、勝利したのです。

 「人間として当たり前の敬意を持って接してもらいたい」

 「人間としての権利を実現させたい」

 これが、裁判を起こした清水さんの闘いの原動力になったのだと。
 
泣き寝入りをしている人が多い中で、仲間に支えられて、仲間のために勝利した若者がいるって、やはり嬉しいです。         幸
     

2011年7月 1日

高村薫の反原発発言に共感


 7月1日付けの中日新聞に、高村薫が、中日懇話会で講演した内容の要旨が載っていました。「変化を求む」という演題で、「今、日本は変わらなくてはならない大転換期。ここで変われるかで未来が決る」と訴えたとあります。

 そのなかで、
「決定的に経済界が誤っているのは、企業活動と国民の命をてんびんに掛けていること。国民の命より、経済を優先することはあってはならない。

 15万人以上の周辺住民の生活を根こそぎ奪っている現実があるのに、電力不足もない。重大事故が起きると、強制的に避難を余儀なくされ、家も土地も失うのが現状。周辺何百キロも放射性物質が広がり、食べ物にも不安を覚える生活が何十年も続く。

 国も企業も私達生活者も深く頭をさげ、反省しなくてはならない。電力不足だろうが、経済活動に支障が出ようが、立ち止まらなくてはならない。」

 という箇所が、グサリときました。

 ほんとうに、15万人の原発難民をだしながら、地震大国で、いつ他の原発でも同じ悲惨が待ち構えているのか分からないのに、なにをのんびりと、電力が不足する、なんていっているんだろう。原発を止めて、電力が不足するならば、その範囲で生きるように工夫すればいいのだ。本末転倒とは、このことだろう。
 生きるか死ぬかに近いほどの犠牲と、少しの節電や企業活動をてんびんに掛けるなんて。
 
 こういう表現で、ずばり本質を突いた発言のできる高村薫ってすごいですね。