2011年8月31日

『夕凪の街 桜の国』上映会 9月8日(木)


 数年前に漫画『夕凪の街 桜の国』を読んで、いたく感動しました。漫画で

すから、薦めやすくて、20人くらいの人に薦めて読んでもらったような気がし

ます。

 作者は、こうの史代という30代の女性で、広島生まれです。原爆のことは

なるべく避けて生きてきたのですが、「ヒロシマ」を画いてみないかと誘わ

れて、初めて原爆と向き合った。でも、若い人ですから、若い人にもすんな

りと伝わる形で描こうとして、2部構成になったと思います。


 前半の「夕凪の街」は、被爆数年後のヒロシマ。20代と思われる娘と母と

との暮らしを中心に、職場や恋人やをからませて、貧しいけれども、温かく

懐かしいような日常・・・。しかし突然その平穏がかきけされ、娘は原爆症

で死んでいきます。


 後半の「桜の国」は、その弟の子供達を中心に物語が展開します。やはり

姉と弟の2人兄弟。どこにでもいるような明るく生きのいい20代の若者です。

その家族を通じて、被爆の悲惨さ、原爆の理不尽さを語りながら、その重さ

その暗さに負けない美しいものを伝えてくれます。

 尾張旭市でこの映画会をやることになったので、また、薦めてこの本を

読んでもらいました。すると、感想は、「むつかしかった」。でも、その人

は友達に、「この漫画知っている?」って聞いたそうです。すると、漫画は

読んでいないけれど、映画はとても良かったと言っていたとのこと。よかった。

9月8日(木)13時半~中央公民館3階「軽音楽室」でやります。

 

2011年8月29日

映画「海洋天堂}


「一枚のハガキ」を見に行った日、名演会館で女性は1000円になる木曜日で

したので、込むのではないかと、朝1番で上映30分以上前に到着しました。あ

そこは、ソファーに椅子が用意されていて、お茶も自由に飲めるので、コン

ビニでお握り2ケ買って行きました。

ソファーに坐ってお茶を飲みながら、30代くらいの女性と、ちょっとお喋り

しました。働いているけれど、女性サービスデイを狙って木曜日に来たとの

こと。かなりの映画好きとお見受けしたので、「今迄で特に良かった映画

って、どれです?」と聞いてみると、「最近では、今下の階でやっている

『海洋天堂』です。よかったですよ。もともと、中国映画好きですし」。

この映画、私名前も聞いたことなかったのですが、見ることにしました。

もともと、せっかく高い電車賃を使って栄まで来ているので、映画1つでは

もったいない、何か面白いものでもないかしらと思っていたので、ラッキー

でした。


「一枚のハガキ」を見終わってから、ソファーでおにぎりを食べながら、サ

ンドイッチを食べている60歳前後の女性とお喋りしました。彼女も、同じく

ハシゴをするとのこと。「1枚のハガキ」よかったですねえ。戦争って、本

当に悲惨。でもなかなか無くなりませんねえ。どうしようもないのかしら。

等々お喋り。


「海洋天堂」 

父と息子が、足を縄で縛って、海に飛び込む衝撃的場面から映画は始まり

ました。えっ、どうしたの?何なの?何なの?という疑問の中で、不思議

な物語が展開して行きます。自閉症の息子と、末期癌を宣告された父親の

生きるための格闘のものがたりです。


でも、手の指をヒラヒラさせるくせのある息子の透明感のある美しさ。

父親の働く水族館で、魚達とまるで魚のように自由に泳ぎまわる息子。

父子を取り巻く回りの人々の心配り。ピエロの女の子も、父子を支える

隣人の女性も、水族館の人々も、悲しみを共有しながら優しく、この息子

を支えていく。父親役の、ジェット・リーが、誠実で優しくてシブくて

魅力的な男でしたねえ。


帰りに先ほどの女性が、「こんなに泣けた映画は、久々です」と。私も

始めから終りまで泣きっぱなし。でも、悲しく辛いばかりではなく、それ

をつきぬけて、美しく、人間のいとおしさ素晴らしさを感じさせてくれま

した。


最近、中国人の印象と言えば、自己主張が強く、金ばかりを追い求めてい

るというようなところがありましたが、ここにはそれと正反対の細やかな

思いやりで支えあう、素敵な人々が一杯でした。そういえば、「北京ヴァ

イオリン」もよかったし、「山の郵便配達人」や「芙蓉鎮」もいい作品

でした。

   

2011年8月26日

『のこされた動物たち』太田康介  飛鳥新書



先日の「戦争体験を聞く会」の図書コーナーにあった本です。「戦場に征った動物た

ち」の展示が、好評で人だかりがしていましたので、これも、戦場に残された動物た

ちの本かしらと思って手にとって見ると、違いました。

福島原発20キロ圏内で保護活動をするカメラマンが撮りためた、助けを待ち続ける

動物たちの写真集だったのです。

『のこされた動物たち』 太田康介  飛鳥新社  1,300円


 犬、猫、牛、馬、豚、鶏などの写真に添えて、その時々に作者が感じたこと考えたこ

とが、率直に書かれていて胸を打たれました。「おわりに」というところで、作者はこ

う書いています。


「ただ私は、原発の事故によってペットや動物たちが置き去りされるという事態に本当

に驚いたのです。避難について人間優先なのはわかっていますが、すぐ動物たちにも

手が差し伸べられるだろうと思っていたものですから。それがまったくの手つかずに

なっていることに戦慄を覚えました。大手メディアも、最初の頃は20キロ圏内で起

きてい悲劇を報道しようとしませんでした。


放っておいたら、このまま無かったことにされてしまう。そうした心配から、保護活動

ののかたわら現状を撮影し、それを自分のブログで発信することにしました。それまで

飼い猫が主体だったのほほんとしたブログが、だんだん悲惨な内容になっていくこと

に抵抗はありましたが、福島の犬や猫たちものほほんと暮らしていたのです。それが

ある日を堺に突然見捨てられ、餌も貰えず餓死する。そんな異常な事態がこの日本で

起こったのです。


私は許せなかった。日本全国に54基もの原発があることを考えれば、決して人ごとで

はありません。原発というものにすべてが沈黙してしまう。いびつなこの社会をかえな

ければ、これからも同じようなことが起こりうるのです。

私が現地に通いはじめて強く感じたのは『待っている』ということでした。動物に限ら

ず、土地も、家も、桜の木も、すべてが待っているように思えました。

今なお、たくさんの動物たちが取り残されています。そのすべてを救い出すのは不可能

でしょう。でも彼らは、今この瞬間も待ち続けているのです。そのことを思うと、申し

訳なく胸が締めつけられます。」


犬を保護した時の話があります。犬が遠くからこちらの様子をうかがっている。「大丈

夫だから、こっちにおいで」と、ボランティアが優しく声をかける。犬は恐がりなが

ら、必死で、ぶるぶる震えながら1歩1歩自分の足で歩いて来る。ようやく手が届く距

離まで来てくれ、抱き上げられると、安心したのか、まったくの無抵抗でだかれている。

ここを読んだ時、どこかで見た光景という気がしてハッとしました。「ダバオに消えた

父」を語ってくれた丸山さんが話してくれたこととつながったのです。頼りにしていた

日本兵に、食料から鍋釜まで取り上げられて、ジャングルを逃避行したあと、恐かっ

たけれど、「どうせ死ぬのなら」、と決心して投降したあと、収容所に連れて行か

れて、初めて人間的に扱われたと言われました。

白旗をもって、ぶるぶる震えながら、投降していった戦争末期の人々の姿と重なった

です。理由も知らされず、追い詰められ、自決させられた人々。戦死より、病死と

餓死の数のほうが圧倒的に多いという日本の兵隊たち。その悲惨な姿と、いまフク

シマで、放射能の汚染にさらされ、仲間達の死体のなかで、餓死寸前にある牛や馬

や豚たちの姿が重なったのです。

何という罪深いことを、繰り返しているのか、私たちは!!

2011年8月24日

小出裕章「原発はいらない」幻冬舎ルネッサンス新書


 「なぜ原発は全廃しなければならないのか。これがその答えで

す。」と帯封にあります。ベストセラー『原発のウソ』の著者の最新刊!という言葉

も。


 実は、福島第一原発事故以降は、身体が10個ほしいとさえ思うようになった超多忙

な小出さんには、新たに本を書く余裕はなく、幻冬舎の峯さんが、小出さんの発言を再

構成し、文章にしたものだということです。いままで私の知らなかったことが、沢山書

かれていますので、少し紹介します。



 無くすことができない「死の灰」

 なぜ原発に反対するかといえば、燃料がウランであり、それを核分裂させる限り、核

分裂生成物という「死の灰」を否応なく生み出すからです。現在の原発の標準発電量で

ある100キロワットを発電させるためには、1年間の運転で約1000キロ、ヒロシ

マ原爆で燃えたウランは800グラムですから、その1200倍のウランを燃やさなけ

ればなりません。当然、燃やしただけの死の灰が出るのですが、それを「無」にする方

法を残念ながら人類は持っていません。


 どんな状況であれ、水は注入し続けなければならない

 10万トン超の放射能汚染水は どこへいく?

 福島第一原発から少なくとも半径30キロ圏内の放射能汚染は、チェルノブイリ原発

事故で強制避難させられた汚染に匹敵します。このエリアに戻れる可能性はきわめて低

いと思います。



 なぜ、浜岡原発は危険なのか

 震源地の真上に立っているから。浜岡原発が破局的事故を起こせば、関東圏・関西圏

が壊滅状態に。(ましてや、中部圏は地元です)


 浜岡原発をすべて廃炉にしても、電力は不足しない

 日本中の原発を即刻止めても、電力不足にはなりません。休業している火力発電所を

稼動させれば、供給電力量は不足しないというのが、私の判断です。

(その根拠となる図 発電施設の設備容量と最大電力需要の推移がp194に)


 「原発がなくなると困る」もウソなら、「原発エコ論」も大ウソです。

原発はエコどころか、究極の毒物製造装置

原発の建設コストは高い

原発は「金食い虫」、その負担は国民が背負うことに

新エネルギーにこだわりすぎると、原発は生き延びてしまう

「たとえ電力なんか足りなくなっても、原発はやめるべきだ」

今こそエネルギー消費による豊かさを顧みる時

半分のエネルギーでも、人間的な生活が送れる(半分の時代は1970年代。省エネ技

術は進歩しているから、はるかに豊かな生活が可能。


 現在進行中の原発事故の本当の被害は、一体どれだけのものになるのか。

国家財政が破綻するほどの賠償額になる!


 民主党の党首選挙が新聞テレビをにぎわかせていますが、脱原発を主張する候補者は

1人もおらず、ヴェトナムへ原発の売り込みにいった前原さんが、有望な雰囲気です。

菅さんも人気がなかったけれど、それ以下の人ばかりのようで、今後が心配です。

 澤地久枝さんが、100万人ではだめ、1000万人の署名が集まれば、政治家を動

かすことができると言ってみえましたが、やっぱり、それをやるしかないでしょうかね

え。

             

「さようなら原発  1000万アクション」


 「さよなら原発 1000万人アクション」で、9月19日に東京

で集会があるということを暫らく前に、新聞で読みました。

 その後どうなっているのかな?と思っていたら、友人から、ホームページを教えてもらい

ました。http://sayonara-nukes.org/video/で、覗いて見ると、ビデオメッセージがあ

りました。呼びかけ人の、鎌田慧さん、内橋克人さん、澤地久枝さんがしゃべっていま

した。すごいですね。鎌田さんも内橋さんも、40年も前から、原発反対で活動してい

るんです。澤地さんなんて、「運命共同体である日本丸の舳先を、反原発に向けるため

に、1000万人の署名を集めて、政治家に突きつけなければならない。その為に、ど

うぞ協力してください」と言っている。なかなか面白いので、広めて行きたいですね。

2011年8月21日

「戦争体験を聞く会」に100名の参加者


 会場前ロビーには、「戦争に征った動物たち」と「原発」に関する展示を見ながら、

お喋りする人々が沢山いました。1時半からは、丸山忠次さんのお話「ダバオに消

えた父」を100人の聴衆が静ま

り返って聞きました。10代から、80代までの聴衆です。丸山さんは72歳。


 外科医であった父親は、クリスチャンでもあり、赤十字の旗があれば、襲われないと

信じて、また外科医としての自分の役割を果たそうとして、フィリッピン、ミンダナオ

島に残ります。しかし、1945年5月、こともあろうに、日本軍にスパイ容疑をかけ

られて、殺されてしまいます。(それまで仲良くやっていた日本軍が、食べ物がなくな

ると全てを強奪していき、子供達も殺されそうになるのが、辛いところです)

 

 強く印象に残ったことを紹介します。

その1 母親の枕もとの拳銃

 ジャングルでの逃避行の中で、母親がマラリヤで高熱を発し、姿を消してしまいま

す。探し当てた忠次さんが見たものは、母親の枕元にあった、拳銃。精神的打撃に加え

て病気になり、母親は拳銃で死のうとしていたのです。忠次さんは、孤児になった子供

を沢山見てきましたから、「お母さんが死んだら、僕達はどうなる?イヤだ。死んじゃ

いやだ」とすがりつきます。そして、兄弟2人で、畑に盗みに入ったり、ヤモリ、ミミ

ズ、へび、などを捕まえてくる。ネズミはもっと上等な食料。それも集団生活の中なの

で、全部もらえず、その1かけらを母に食べさせ、何とか母が歩けるようになってい

く。


その2 赤ん坊と目が合う

 泥に埋まって横たわる馬、犬、人を越えていく。子供だから跨げずに、上を歩くとま

だ温かく動いたりする。そんな中、ある母子の姿が今でも目に張り付いている。雨の

中、しゃがみこんでいた。赤ん坊は、泣きじゃくっているのだが、声が出ない。抱いて

いる母親を見ると、死んでいる。その時、赤ん坊と目が合ってしまった。5秒ほど、立

ち止まっていまった。すると、「このやろー、さっさと行け!」と怒声が浴びせかけら

れた。まさに、餓鬼道。すごい行列が続いているので、誰かが立ち止まると、身動きが

とれなくなる。何もすることもできなかった。


その3 友人がくれたチョコレート

 米軍に収容されて、友達に会った。孤児になっており、病気で昔の元気さはなく別人

のようだった。その友達が、チョコレートをくれた。医者がくれたと言う。「ぼく、何

にもお返しするものないし、君がもらったんだから、いいよ」と言ったが、友達は僕に

くれた。暫らくして、「ギブミーチューインガム」と言って、米兵から貰ったチューイ

ンガムを持って、友達の病室へ訪れたが、彼は、もういなかった。


 ジャングルでの逃避行の中でも、米軍収容所の中でも、引き揚げ舟の中でも、おびた

だしいかずの人々が死んでいく。丸山さん3家族が、日本に生きてたどり着けたこと

は、奇跡のようですらある。でも、ここに書ききれない、丸山さんも話しきれない辛さ

悲しさを重ねて生きてこられた。でも、どっこい立派に生きてきた。そのことをすごい

と思う。


 その忘れられない体験を、1冊の本にまとめ、私達の前で語ってくださったこと、本

当にありがたいことだと思います。  ありがとうございました。       

2011年8月19日

『百年の手紙』梯久美子が面白い


 夕刊の連載で、副題が、「20世紀の日本を生きた人びと」
がなかなか面白いです。

 3、4日前、敗戦直後に昭和天皇と皇后が、11歳くらいの
皇太子(現天皇)に送った手紙が紹介されていました。戦争を
おしまいにすることができて、ほっとした思いが、あまりに率
直に書かれていてびっくりしました。

 皇后などは、「日本はこれで永遠に救われるのです」とまで
書いているのです。

 ⑲では、敗戦後、天皇に代って絶対的権力者になったマッカ
ーサーに、日本人が手紙を書いた。その数、41万通以上。

 『拝啓 マッカーサー元帥様』という岩波現代文庫にその一
部が紹介されているそうです。

 梯さんは、「手紙の数々を読むと、この新しい支配者に日本
人が示した"帰依"と呼びたくなるような崇敬と期待、そして
親愛の念に、今さらながら驚かされる そして、朝鮮戦争が始
まると、日本人も戦場で戦わせてほしいという手紙がみられる
ようになる。右翼の大物で、元A級戦犯の児玉誉士夫がマッカ
ーサーに宛てたのも、その内容。

 そして、日本は実質的な後方基地となり、朝鮮戦争の特需に
よって経済復興を果たした。この戦争に立派に"参戦"し、日
本全体が、マッカーサーの<忠実なるしもべ>となったのであ
る」と。

 対象が、天皇からマッカーサーに代っただけで、戦争中も
戦後も、余り変わらない日本人が突きつけられており、一寸
悲しいです。あれだけ大きな犠牲があったのだからもっと変
わらなければならないのでしょうが。「しもべ」から、「主
権者」へと変わることは、一朝一夕にはいかないようです。

 毎回、手紙を媒介にしながら、日本の20世紀の歴史を
紐解いていくやり方が、とても新鮮で、面白いです。

 

2011年8月16日

今日の中日新聞なごや東版に「戦争体験集」の紹介が


 朝、新聞を読んでいて、なごや東版まで来て、はたと目が
とまりました。見慣れた図柄が、目に飛び込んできたからで
す。
 「尾張旭発 未来への伝言  私の戦争体験集(1)」
と、9条の会・尾張旭のトレードマークの、可愛い男の子と
女の子の絵です。

「過酷な体験 伝えたい」の大見出しで、「30人の投稿
冊子に」と「空襲、竹やり訓練・・・生々しく」と太字で
書いてあります。

 「直接戦争を知らない人に手にとってもらい、身近な人の
体験を聞いて、戦争問題を考えるきっかけにしてほしい」と
いう事務局の人の言葉もありました。

 また、今週の土曜日20日の1時半から開催される同会主
催の「戦争体験を聞く会」の紹介と、その講師を務める
丸山忠次さんか書いた本「ダバオに消えた父」(風媒社)の
紹介も。

 先週の金曜日、催し案内に小さく戦争体験のお知らせが載り、
中日ホームニュースで、小冊子の紹介があって、これでおしま
いかと思っていたので、思いがけず、とても嬉しかったです。

 この「戦争体験集」の記事は、1人1人の庶民のどうしても
忘れられない体験が、ぎっしり詰まっていて、私達日本人が決
して忘れてはいけない、手放してはいけない財産として大切に
していかなければならないのではないかと思います。

          幸

小出裕章「原発のウソ」扶桑社新書


原子力に夢を持ち、研究に足を踏み入れながら、その危険
性を知り、「原発は危険だ」といい始めたために、万年助教
に据え置かれたので、有名な方です。もっともフクシマの事
件まで、私、彼を知りませんでしたが・・・。

 その小出裕章さんの、3.11事件後、初の書き下ろしです。

 「私は40年間、危険な原発を止めようと努力してきまし
た。しかし、止めることはできませんでした。その責任が私
にはあります。

 皆さんは『原発のことなんて何も知らなかった』

『自分には何の責任もない』

『安全だと言ってきた政府と電力会社が悪い』

と思うかもしれません。

しかし、だまされた人にはだまされた人なりの責任があります。
もちろん政府や電力会社の責任は重大ですが、今日まで原発を
容認してきた責任というものが私たち大人にはある」

という箇所を読んだ時、そうかもしれないと思いました。私自身
何となく原発はイヤだと思いながら、原発のことなんてすっかり
忘れていましたもの。今日本に54基もの原発があるって聞いて
「えっ、そんなに沢山あるの?いつの間に?」って。

 その危険性を訴え続けている人がいるのに、聞く耳を持たない
と聞き取れないんですよね。知らない内に、安全神話を真に受け、
何も問題が無いかのように思わされていたようです。
 
 「日本はれっきとした『原発後進国』で、日本の原子力技術は
アメリカの技術のコピーにすぎないので、致命的なトラブルが
起こると自力では対処でません。
 それなのに原子力推進派は、『日本の原子力技術は優れている』
『日本の原発だけは安全』と宣伝してきました」

 というところを読むと、ほんと、全部ウソだったんだ。戦争中に
「勝った。勝った」「神国日本には神風が吹くんだ」「玉砕だ」
と、言い続けた大本営発表と同じではないかと思うと愕然としま
した。
 負けると分かっていたあの時、ドイツも降伏したとき、なぜも
っと早く戦争を止めなかったの?そうすれば、原爆投下は防げた
のにいまになって思うけれど、原発も、それと同じくらい危険な
処に来ているということが、この本を読んで良くわかりました。

目次

 第1章 福島第1原発はこれからどうなるのか

 第2章 「放射能」とはどういうものか

 第3章 放射能から身を守るには

 第4章 原発の"常識"は非常識

 第五章 原子力は「未来のエネルギー」か?

 第6章 地震列島・日本に原発を建ててはいけない

 第7章 原子力に未来はない

 

2011年8月14日

「犬の消えた日」(中京テレビ)いい作品でした


 8月12日(金)、戦争ドラマで、「犬の消えた日」が
放映されるということを、その日に聞きました。民報は宣
伝が入って興趣をそがれるので、録画して宣伝は早送りで
見ることにしています。

 それで、今日見ました。期待していた以上に素晴らしい
内容でした。宮崎あおいを小学生にしたのかと思うほど、
よく似た雰囲気の女の子と、父親役は、西島秀俊でした。
(西島さんて、日本人の俳優としては、珍しいほど、深み
のあるいい顔をしていますよね)

 1941年、一人っ子の女の子が、とても可愛がってい
たアルフという大型犬に、出征命令が来る。実は、父親の
足が悪くて兵隊になれないので、代わりにこの犬に軍用犬
としての訓練を受けさせていたのです。沢山の犬が軍用犬
として戦地に送り込まれていたそうです。
 「アルフはお国のために闘いに行くんじゃないか」とい
う父親に、「アルフは帰ってくる?」と問う女の子の姿が
痛切です。

 アメリカとの戦争が始まると、在郷軍人のような人が、
町中で勢いよく演説し、英語の本や西洋人形達が、燃え盛
る火の中に投げ込まれていきます。

 悲嘆にくれている女の子に、子犬をプレゼントしてくれた
人がいました。その人にも赤紙がきて、出征していきます。

 アルフと同じように温かいからだの子犬を抱きしめて、
女の子は、元気を取り戻していきます。犬の名前は東亜。

 その内に、町中の犬達が警察に出頭させられます。名簿
に記載されていて逃れることができません。犬をどうする
のかを問う女の子に、本土決戦に備えて殺すという。そし
て毛皮は、兵隊さんの防寒用に使うという。

 女の子は、「犬は家族と一緒だから、殺さないで」と抵
抗して、殴られたりする。皆そう思っているのに、非国民
と言われるのを恐れて、抵抗も出来ない。

 「どこで、いつ、どのように殺されたのか、教えて欲しい」
と女の子は言う。「そんなこと知ったって、辛いだけだ」と
いう父親に、「でも知らないよりはましよ」と。

 犬の話なのに、それは、人間の話につながっていく。兵隊
も、「どこで、いつ、どのように死んでいったのか」家族に
も知らされないのだ。

 本土決戦を控えて、動物園では動物達が殺されていく。檻
を出た動物は、人に危害を加えるからという理由で。

 女の子の、素直な捨て身の行動が、父親の戦時体制に迎合
した心を替えていくところが、救いでした。

 東京大空襲に、原爆投下と続き、終戦。

 「犬を殺さないで」と、みんな言えばよかったのだ。

 「戦争に往かないで。生きて帰ってきて」と、みんな言え
ばよかったのだ。

 「美しいものが好き」と、素直に言えばよかったのだ。

 もっと我が儘に、本当に思っていることを、言えばいいの
だ。ちょっと大声で威圧的に物言う人になびいていると、
また同じことを繰り返してしまう。

 

2011年8月12日

津島佑子「葦舟飛んだ」


 津島佑子は、太宰治の娘です。


高校生の頃、太宰治に夢中になったことがあります。特に、
「女生徒」なんて、何でこんなに私の気持ちがわかるの?って
、ちょっと真似して文章をかいてみたこともあります。

 大人になって、「もう太宰は卒業したわ」と思っていても、
読み出すとすぐに彼の世界に引きずり込まれて、夢中になって
しまう。読み終えて、「やーねえ」とため息をつく。

 いまだに、大学生の卒論では彼が圧倒的に多いし、ファンも
絶えないようです。

 その、母親の違う2人の娘が、作家として活躍しているので
すから、私としてはやはり気になります。

 この本は、テレビのブックレビューで紹介していたもの。
もともとは、毎日新聞、夕刊の連載小説でした。

 作者は1947年3月30日の生まれ。作中人物も、その同
級生たち。私の年齢とピッタリ重なります。60代前半の道子
が、スズメバチに襲われて突然無くなるという事件をきっかけ
に同級生とその妹の5人が、小学生の頃の不思議なことを探り
はじめ、それが親達の体験した戦争へとつながって行く。

 そこに、同級生たちの子供世代がからみ、連載期間の2009
年から2010年に起きる世界の状況についての思いもある。
 読んでいるうちに、まるで私の同級生に実際に起こっている
ことのようで、身につまされ、どんどん引き込まれていきました。

 文中にこんな言葉があります。「雪彦さんの「報告その1」を
読ませてもらってから、日本の戦争中のこと、戦後に起きたこと
がますます気になり始めました。というより、どうして今まで私
はこんなに知らんふりで生きていられたの?と自分でびっくり、
だったのです」。

 本当にあんな恐ろしい悲惨なことが起きていたのに、経験者は
口を噤み、まるでそんなことは、何も無かったかのように、戦後
生まれの私たちは、のほほーんと幸せな時間を、生きてきました。

 しかし、この登場人物たちが、自分につながる人々の過去をた
どり、資料を読み、メールで報告しあうという形を通じて、私達
のすぐ隣にあった、戦争の悲惨の数々が明らかにされていきます。

 大空襲後の東京が舞台ですから、学童疎開先から帰ってきた
子供達のこと、満州からの引き上げ、シベリア。日本人だけでな
く、中国人から、ロシア人のことまで。特に、戦争になると、女
性は悲しいですね。あんまりひどすぎます。どの話も、私達が知
っておかねばならない、知っていないと、薄っぺらな人間になっ
てしまうと思われるものばかりでした。

 スケールが大きく、こんなことが起きていたんだと再確認させ
られることが多い。数々のドキュメンタリーを読みこなし、しか
も、過去の話ではなく今を生きる若者の問題と結びつけ、はらは
らワクワクさせながら、まさに小説として、書ききった作者は、
素晴らしい。
 

 これ1冊で充分、私達の世代の代表作家といえると思います。
「素晴らしい作品をありがとう」と感謝の言葉を述べたいです。

                                         幸
        

2011年8月10日

菅総理退陣後、原発問題はどうなる?


 次期総理候補の顔が並んでいたが、改憲をやりやすくするため
策動している人を始めとして、菅さんよりよさそうな人も見当た
らなかった。

 なんか、菅さんさえ止めれば全てが上手くいくような論調で、
自民党も民主党も大合唱を続けてきたが、原発推進論者には、菅
さんが、邪魔だった面が大きいのではなかったのか?

 菅さんが、脱原発を言い始めた時から、突然この合唱は始まった
し、その圧力は半端じゃなかったとご本人もいっているという記事
をよんだことがある。ぼんやりしていると、又、安全神話がぶり
かえすかも・・・。

 五十嵐仁さんの「転成仁語」によると、

 8月6日、佐賀県知事の「やらせメール」指示メモを入手した
「AERA]のスクープがあり、その一部が朝日新聞の夕刊に出
たそうです。

 その中で、危惧される国サイドのリスクは「菅総理」の言動だ
と指摘した上で、「発電再開に向けて総理自身のメッセージが発
せらえrない。主層の言動で考えているスケジュールが遅れるこ
とを心配している」

 菅さんのために、なかなか原発を再開できないといっているわ
けです。

 そもそも古川知事は、「九電一家」の一員で、「お父さんは
九州電力の社員で、玄海原子力発電所のPR館の館長だった人
だそうです。

  幸

2011年8月 6日

井上ひさし「被爆者の手記は、バイブルのようなもの」


 「被爆者の手記は、バイブルのようなものです。」

これは15年以上も前の5月3日、憲法記念日の記念講演で
井上ひさしさんが、言った言葉です。

 その時彼は、ヒロシマの被爆者について作品を書くために
原爆について調べていると言い、手帳を取り出して、事細か
にたとえば、「原爆投下、1秒後、地上から00㎞上、大き
さは00。2秒後・・・」という具合に、原爆投下直後の状
況を語り始めました。

 まるで、目の前で、原爆が炸裂するような臨場感を覚え、
ぞっとすると同時に、ひとつの作品を書くのに、ここまで細
かく厳密に調べ上げる井上ひさしという人のあきれるほどの
すごさに感心したものです。

 そして、「日本人は、日記を書くのが好きだし、被爆者も、
膨大な手記を残した。私は、限りなくその手記を読み、その
内容に感動し続けている。

 被爆者の多くは、他を恨むのではなく、自分を責めている。
どうして、自分が生き残ってしまったのか?あの人もこの人も
死んでしまったのに。自分だけ幸せになっては申し訳ない、と
思っているというようなことを言われました。

 それで、あの名作「父と暮らせば」が生まれたのでしょう。
もともとは、小松座の2人芝居。

 それが、映画になって、生き残った娘役を宮沢りえ、家の
下敷きになって死んだ父親役を、原田芳雄(先日亡くなった)
が好演していました。

 戦後1人で、図書館司書としての暮らしている娘。そこへ、
死んだおとったんが出現する。娘に好きな人が出来たのに、
娘は、自分だけ幸せになっては、死んだ人に申し訳ないと思い
その恋心を打ち消そうとする。

 それを知った父親が、娘の幸せのために、娘の恋の応援団と
なって登場したという訳。

 さすが、井上ひさし。深刻な話を面白おかしく、くすくす笑
いっぱなし。そして、しみじみと人間の尊厳と素晴らしさを感
じさせてくれます。


 井上ひさしさん、もっともっと生きていて欲しかった。

                        幸

2011年8月 5日

『チェルノブイリの祈り』


 先日、友人からのハガキのおわりのところに、「『チェル
ノブイリの祈り』という本を読んで、魂の奥が揺すぶられる
ような感動を受けました」とありました。
 

 彼女はクリスチャンで、時々、話してくれる言葉が、とて
も深い意味を持って感じられることがあり、これは、聞き捨
てなりません。

 さっそく、注文して、手に入れました。
退職してすぐの頃は、本は買わずに図書館でリクエストして、
借りていましたが、私が一番買いたいのは、本だし、黄色の
マーカーで要点に色づけするとてもわかりやすいので、買う
ことにしました。


 岩波現代文庫   1040円也。

 1p目から、ひきずりこまれました。まるで、昔愛読した
ロシア文学。
 「なにをお話すればいいのかわかりません。死について、
それとも愛について?それとも、これは同じことなんでしょ
うか。なんについてでしょうか?
 私たちは結婚したばかりでした。買い物に行く時も手をつ
ないで歩きました。『 愛しているわ」って私は彼にいう。
でも、どんなに愛しているかまだ分かっていませんでした。
私たちは夫が勤務している消防署の寮に住んでいました。」


 これは、チェルノブイリ原発の爆発の直後、消火に出かけ
被爆し亡くなったワシリーの妻リュドミーラの話の出だし。

 1986年4月26日、爆発が起こり、その10年後、チ
ェルノブイリに住むドキュメンタリー作家アレクシエービッ
チが、長い年月をかけて「自分の頭でじっくりものを考えて
いる人」をさがしだしてはインタビューし、彼らが体験した
こと、見たこと、考えたこと、感じたことを詳細に聞き出し
た作品である。


 広河隆一氏の解説から、引用しておこう。
「リュドミーラの話す言葉、作者の書き記した言葉は光を
放つ。もっとも非人間的な時間の描写で見えてくるのが、
驚くべきことに人間の尊厳なのだ。・・・リュドミーラの
姿勢は、人間に力を与える。ある意味では聖書よりも仏典
よりも深い勇気を人間にあたえる。そのような奇跡のよう
な仕事を、話し手と作者の2人は、なしえたのだ」

 

 何故、この本を知らなかったのだろう?もっと前に、もっと
沢山の日本人が、チェルノブイリの悲惨を深いところで知って
いたなら、フクシマの悲劇は起こさないですんだかもしれない。

 フクシマから、何を学ぶのか、日本人は?

 

2011年8月 4日

8月5日午後9時から、終戦記念ドラマ放映


 数年前、『夕凪の街 桜の国』という漫画に夢中になったことが
あります。ヒロシマの被爆者を描いているのですが、確か30代の
作者の感覚のみずみずしさとによって、爽やかな感動を呼ぶ物語に
なっていました。3回は読みました。

 それが、映画化されたとき、原作が素晴らしすぎるから、本を越
えられないだろうなと思いながら観にいきましたが、映画は映画で
また、素晴らしかった。堺マチャアキが、父親役で、娘役もピッタ
リでした。2回見ましたが、もう一回見てもいいと思っています。

 その作者、こうの史代原作の『この世界の片隅に』が、ドラマにな
ったという記事をみました。

 
 脚本は、連続テレビ小説「純情きらり」で戦争の時代を書いた浅
野妙子さんです。あれも、なかなか素晴らしかった。

 舞台は、広島の県の軍都・呉。絵を描くのが大好きな主人公・すず
は、幼い頃、一度だけ出会った周作に嫁ぐため、1943年、広島か
ら呉へ向かいます。戦時下、毎日をいとおしみながら生きるすず。

 終戦記念ドラマとして、日本テレビ系で8月5日、明日ではありま
せんか。忘れないように、急いで録画予約をしました。楽しみです。

 幸

           

2011年8月 3日

尾張旭「戦争体験を聞く会」開催


 実は、今年の8月20日、尾張旭市中央公民館で、『戦争体験を聞く会』
が開催されます。演題はなんと、「ダバオに消えた父」。以前、このブ
ログに、本の紹介をさせていただきました。

 フィリッピン・ミンダナオ島のダバオは、麻の産地で、約2万人の
日本人居住者がおり、現地の人々との共存共栄の道を歩む平穏な、楽園
のような街でした。

 大きな病院もあり、医者の父と、看護婦の母との間に生まれた4男坊。
それが、この本の作者である、丸山忠次さんです。とっても幸せそうな
家族写真。
 5年後、昭和2〇年5月、父は日本兵に連れ去られ、残された家族は
地獄の逃避行に・・・。米軍収容所に収容され、母の郷里長野での、
開拓生活。

 いま、長久手町にお住まいの丸山さんが、戦争体験を語ってください
ます。

 今日の中日新聞の投書欄に、40代の女性が、「子供とともに聞ける
戦争体験を聞く会をやって欲しい」と書いてみえました。岐阜の方でした
ので、ちょっと遠いかな。

 でも、1年に1回は、体験者から戦争体験をお聞きしたいものです。
災害も、戦争も、忘れた頃にやってくるから。忘れないように監視し
ていましょう。

 お話は、1時半からですが、開場は12時半から。「戦場に行った
動物達」という展示もやっています。軍馬は勿論、犬も、猫も、鳩も
戦争に往かされたそうですよ。