2011年9月29日

映画「黄色い星の子供たち」・・素晴らしい


昨日、名古屋に出る用事があることに気づいた。時間に余裕があるので

ついでに、映画をみることにした。何かいい映画やっていないかなあと思

ってネットのお気に入りに入っている「名演小劇場」を見てみると、「黄

色い星の子供たち」をやっている。これは、夫が暫らく前に観て、「観る

価値あるよ」と言っていたのだが、ナチスの犠牲になった子供たちの話で、

ちょっと気が重いし、わざわざ行く気もしなくって、ほっておいたもの。

 
 でも、ついでだから、観ることにした。

 映画が始まると、ヒットラーやパリの街や、子どもたちの可愛らしさに

あっというまに引き込まれて、夢中になって濃密な映画の時間を生きてし

まった。

 1942年にパリでフランス政府によって行われた、ユダヤ人の一斉検挙を

映画化したもの。フランスなら大丈夫と、ポーランドやオーストリアやド

イツや近隣から逃げてきていた人々だけでなく、フランス国籍の人も対象に

なった。普通に暮らしていた人々が、ある日黄色い星を胸に付させられ、

公共の場への出入りを禁じられ、買い物も不自由になっていく。

 そして、ある日の早朝、一斉検挙が始まり、3日分の食料を持って、収容

所送りに。そこで、男と女と子どもに分けられ、まず、男と女が、ガス室の

完成したアウシュビッツに送られていく。子どもと別れ別れにさせられる

母親達の悲しみが悲痛だった。2週間後、ようやく親のところへ行けると喜ん

で列車に乗る子供たち・・・。

 このとき、検挙された13000の中で、生き残れたのはわずか25人。ユダヤ

人ではない看護婦が、子供たちのために捨て身で闘う姿も描かれていました。


 映画を見終わって思ったことは、「戦争は始まってしまったら、おしまい」

ということでした。良識の一切通用しない世界になる。銃剣に屈するしかしか

たのない世界になるということです。

 だから、戦争の始まるズーッと前に、そのホンの少しの徴候も、見落とさず

に、反対していかなければいけないということです。

 原発も同じことなのでしょう。うっかり原発を許してしまったために、何と

いうこの犠牲の大きさ。止めるためには、始めるときの、何倍ものエネルギー

がいるというのも、戦争と同じではないでしょうか。

 そして、私たちはそのことを忘れないために、何度でも、こういう映画を観なけ

ればならないのだと思います。映画を見終わって歩道を歩きながら感じるのは、

「あんなひどいことがあってもなを、こんなすごい映画を作りりげる人間って何て

素晴らしいのだ。やっぱり観てよかった」という満足感でした。

              幸

2011年9月26日

「浜岡永久停止を」表明 牧之原市長・・・うれしい


 今日の中日の夕刊を見て、驚きました。

 浜岡原発に隣接する牧之原で、議員発議による、「浜岡原発の永久

停止を求める決議」がこの日可決されたことを受けて、市長が、「市

としては市民の安全と安心のために『永久停止』は譲ることができない」

と初めて正式に表明した」とあります。ヤッターと思いながら読み続け

ると、原発の停止解除には、十キロ圏内の地元自治体(御前崎、牧の原、

掛川、菊川の4市)の同意が不可欠で、再稼動は極めて難しい状況にな

った」と続きます。


 昨日の読書会で取り上げた、『原発のウソ』で、小出さんは、浜岡を

ニッポン1危険な原発と言っていましたし、ここ愛知県にも近いので、

心配していましたが、牧の原市の動きに、とても嬉しくなりました。


 読書会は、男性5人女性4人の9人で、1時半から4時すぎまでしっかり

おしゃべりしました。そして、「この本を1冊しっかり読めば、原発の

恐さや、採算の合わなさやが良く分かるのに、政治家は、ちゃんと原発

のことを、勉強して、分かっているんかしら?」「忙しくて、読んでい

ないんじゃない?」「自分に都合の良いものしか、頭に入ってこないの

じゃない?」「でも、原発を勉強している学者たちは、わかるよねえ」

など、不思議がっていただけに、この牧の原市の表明は、「よくやった」

と、感謝したいです。


 これに続いて、他の隣接自治体も、再稼動を認めない決議を出していけ

ばいい。それを後押しするために、集会でもパレードでも、署名でもどし

どしやっていきましょう。

 3pには、来年度予算で、「増殖炉研究費7割減」とあります。「事実上

開発を凍結する」と。「一方、もんじゅは安全管理上、予算削減は困難で

200億円を維持」とのこと。

 『原発のウソ』には、「この日本という国は、いまだに1KWの発電も

していない「もんじゅ」にすでに1兆円を越える金を捨ててしまいました。

ところが、こんなでたらめな計画を作った歴代の原子力委員は誰1人として

責任を取らないまま原子力界に君臨し続けています。そして、いまだに

「高速増殖炉はすぐにでも実現できる」とうそぶく学者さえいます。」

 小出さんは言っています。

「 絶望はしていません。私が40年前、原子力の危険に気づいたときには、

日本中のほとんどの人が、原子力推進派でしたが、今はだんだんと多くの

人が私の話を聞いてくださるようになりました。「原子力は沽券だ」とい

うことに気づき始めたようです。今こそ、私たちが社会の大転換を決断で

きる時がきたのではないかと思っています。

 起きてしまった過去は変えられませんが、未来は変えられます。」と。


 自分達1人1人が、動くことによって、よりよい未来を作ることができるの

だということを、若い人たちと一緒になって、やっていきたいですね。

       幸

映画「チャイナ・シンドローム」お薦めです


 1年程前に、「チャイナ・シンドローム」を見て、面白いと思ったのですが、

今回、「原発のウソ」の読書会の前に、もう一度、見てみました。

 すると、フクシマ原発を経験した前と後とでは、印象が随分違って、面白

いというよりも、恐さとハラハラドキドキで、夢中になってみてしまいました。

 そこで使われて言葉や、出てくる場面が、原発事故後、聞きなれた言葉で

あったり、テレビで見慣れた場面であったりで、よく分かるようになっていた

ことと、この、危険性が作り事の世界ではなく、現実のものであるということ

を身にしみて知ってしまったせいでしょう。


 原発で事故が起こり、「炉心溶融」寸前までいくという、アメリカの映画で

す。原発に詳しい技師が、その危険性に気づき、原因を探り、工事に手抜きが

あったことを突き止めるのですが、会社の社長は、安全より金儲けのことばか

りを優先。工事を手抜きした会社は、手抜きの証拠の書類を運ぶ車に交通事

故を起こさせ、その書類を取り戻す。

 安全のために、体をはった技師は、警察に銃で殺され、精神錯乱扱いされ

る。

 原発を巡る状況は、ウソと、危険で塗り固められている。

その点では、アメリカも日本も全く一緒でした。でもこの作品が作られている

というだけ、アメリカの方が、まともなのでしょう。

 とても、恐い映画ですが、お薦めです。       幸

2011年9月24日

「さようならアクションin尾張旭」の写真を手書き看板で紹介しました


私は、家の前の手書き看板に、東京の6万人集会のヘリコプターから撮った写真

、名古屋伏見の2千人集会の写真、それから、この尾張旭での写真を、新聞から

切り抜き、拡大カラーコピーをして、並べました。

 それから、もう1枚の看板には、東京集会で発言された、落合恵子さんと、鎌

田慧さんの言葉を、マジックで大きく手書きしました。

 落合さんの、「想像して下さい。福島の、この国の子供達の今を。平仮名しか

知らない小さな子どもが夜中に起きて、「ほうしゃのうこないで」と泣き叫ぶよ

うな社会をこれ以上続けてはいけないはずです」ということば。


 鎌田さんの「安全性と信頼はすでに破綻しています。日本人の8割は、原発の

ない社会にしたいと言っている。その声を無視して政治ができるはずがありませ

ん」という言葉。


 日本の技術は最高で、ソ連より、アメリカより、フランスより、イギリスより

すぐれているんだ。だから、他の先進国がみな手を引いたのに、高速増殖炉もん

じゅにしがみついているんだと思っていました。日本の安全は世界1安全だとい

い続けて、あの事故が起こり、ウソだったとばれてしまったのに国連の場で、世

界にむかって、「ウソをついていてごめんなさい」と謝るのではなく、「原発発

の安全性を世界最高水準に高める」と強調し、原子力利用を模索する国々への支

援を続けると表明しました。トルコやべトナムへの原発と関連技術の輸出交渉を

本格的に再開したい意向のようです。

 世界最高の技術を持った(?)日本ですら、原発が事故を起こせば、もう取り

返しが出来ず、収拾がつかないのに、もっと技術のない、トルコやベトナムで、

事故が起こったら、どうなることでしょう。


 もともと、先進国の原発離れが進み、日本でも今までのように原発を造る

ことができないので、設備投資をしてしまって困った企業が、ただ、儲けのため

に、発展途上国を狙って、販売攻勢をかけていたところ、今回の事故が起こって

しまい、いけいけどんどんの道を阻まれたということ。罪深いことです。

 「さようなら原発アクションin尾張旭」の素敵な写真が沢山できました。

大人が車道で行進するその隣の歩道で、子供達が、看板を掲げたり、マントの

ように、横断幕を羽織ったりして、元気に歩いている姿がとても可愛くて素敵

です。10人近くの子どもが、最後までしっかり歩いてくれたのですよ。

 是非その写真をブログに載せて皆さんに見ていただきたいと思い、写真の

入れ方に挑戦してみましたが、画像が大きすぎて、アッ

プすることが、できません。ゴメンなさい。    幸


 

2011年9月23日

「原発のウソ」(小出裕章)再読


 月1回、10年間続けてきた読書会が、9月25日にあります。今回のテキ

ストは、「原発のウソ」。以前読んで、素晴らしいと思ったので、私が

推薦しました。それで、レポートをつくるために、もう一度読み返しま

した。

 読み返している内に、また、あの興奮が帰ってきました。この本をき

ちんと読んだら、「まだ原発を止めないなんて、正気の沙汰とは思えな

い」ほど、原発が危険で、未来を奪うものだということが、よくわかり

ます。


 高速増殖炉「もんじゅ」破綻確実で、45トンにのぼるプルト

ニウム(長崎型原爆4千発分)を始末するために、危険なプルサーマル

が、始まっている。

 六ヶ所村再処理工場では、原発100年分の「死の灰」を溜め込み、19

97年操業開始予定が、トラブル続きで20回近く延期させている。

 原子力には未来はなく、先進国では原発離れが加速している。

 日本の原発は、「コピー製品」で、致命的トラブルに自力で対処でき

ないのに、「原発後進国ニッポン」が原発を輸出する悲喜劇。

 日本の電力は、原発を止めても困らない。

 でも、最後に、これからは、「今後、私たちは日常的に無意識に使っ

ているエネルギーが本当に必要かどうかを真剣に考え、エネルギーを

浪費する生活を改めざるをえなくなるでしょう」としている。

 同感です。     幸

2011年9月21日

さようなら原発アクション 東京集会の模様がユーチューブに


 東京の9・19さようなら原発アクションをネットのユーチューブで見ました。

集会の全体の様子が良くわかるし、壇上からの発言も、そのままの形で聞けるの

で、とても臨場感があり、すばらしかったです。


 ルポライターの鎌田慧さんは、「原発の安全性と信頼性はすでに破綻している。

それでも再開するのは、住民への敵対です。いま日本人の8割に及ぶ人が、『原発

げない社会にしたい』といっています。その声を無視して政治ができるわけがな

い」。

 落合恵子さんは、イマジンをあげながら、「想像してください。子どもたちは

生まれてくる土地を選ぶことはできません。フクシマの子供達のことを想像して

ください。子どもが、夜中に起きて、『放射能来ないで』と泣き叫ぶような社会

を続けさせてはならないはずです」。

 
 山本太郎さんは、「身近な、市会議員や、県会議員や、国会議員に、原発どう

するつもりなのかを、追求していかなければならない」と。

 なにしろ、一人ひとりの、語りの調子、顔つき等々が迫ってきてとても面白い
のです。

 その場に参加できなかった、老若男女が、ネットで、こうした集会にふれて、

「自分達にも何かできるかもしれない」と思い始めたとしたら、新しい時代が

やってくるかもしれないですね。

 そうそう、ネットでは、毎日新聞が、この集会を素敵な写真満載、コメント

もよくって、一見をお勧めします。        幸

2011年9月20日

さよなら原発アクションでの大江健三郎の言葉に涙


 中日新聞p30に、「大江さん発言要旨」が書いてありました。紹介します。

二つの文章を引用する。第1は、私の先生の渡辺一夫さんの文章だ。「狂気な

しでは偉大な事業は成し遂げられない、と言う人々もいるが、それはうそだ。

狂気によってなされた事業は、必ず荒廃と犠牲を伴う」。これは今、次のよう

に読み直せるだろう。「原発のエネルギーなしでは偉大な事業は成し遂げられ

ない、という人々もいるが、それはうそだ。原子力によるエネルギーは、必ず

荒廃と犠牲を伴う」


 第2の文章は、新聞から。イタリアの原発に関する国民投票で、反対が9割を

占めた事にたいし、自民党の(石原伸晃)幹事長が、「集団ヒステリー状態に

なるのは心情として分かる。反原発と言うのは簡単だが、生活をどうするのか

ということに立ち返ると、9割が原発反対だからやめましょうという簡単な問

題ではない」と言った。

 イタリアではもう決して、人間の命が原発により脅かされることはない。し

かし日本人は、これからさらに原発の事故を恐れなければならない。私らはそ

れに抵抗する意志を持っているということを、想像力を持たない政党幹部や、

経団連の実力者たちに思い知らせる必要がある。

 そのために何ができるか。私らには民主主義の集会や市民のデモしかない。

しっかりやりましょう。

 
 特に、石原幹事長の、「集団ヒステリー」発言には、以前聞いた時から頭に

来ていましたので、共感し、最後の、「私らには民主主義の集会や市民のデモ

しかない。しっかりやりましょう。」というところまでくると、何故だか、突

然、嗚咽がこみ上げてきて、私は、声をあげて泣いてしまったのです。こんな

にも共感でき、共に行動している人々がいるという気持ちだったのか、ともか

く、大江さんのこの言葉は、私の琴線に触れました。

 そして、泣き終わると、昨夜以来感じていた疲労とやる気のなさが、ウソの

ように消えてしまい、すっかり元気を取りもどしておりました。

 こんなことは、私も始めての経験です。   幸

尾張旭での「さようなら原発」集会・・中日新聞で報道される


昨日、尾張旭市で、75名の集会とパレードをやって、さすがに疲れはて、

気が重くって、太極拳の同好会にも行く気が起きませんでした。

 今朝目覚めると、すぐ新聞受けに。中日新聞1面に、6万人「脱原発」コー

ル 東京とあり、黄色のウチワを持ったり、「原発いらない」と書いた紙を

ぶら下げたりする人々でぎっしり埋まった集会の写真が目に飛び込んできま

した。


 私達の集会は?と思いながら、なごや東版を探すと、ありました。

「尾張旭でも反原発訴え 集会やパレード」という見出しで、マスクと防御

服に身を包んで、「放射能から子どもを守ろう」という看板を持った男性を

先頭に、手に手に訴えを書いたステッカーを持った人々の長い列が続いてい

るカラーの写真付です。よく見ると、後ろの方に、小学生の女の子が、車道

と歩道の分離のブロックの上を歩きながら、大きく看板を掲げています。こ

の子は、途中で、看板を持ってお母さんのところにやって来たので、私が変

わりに看板を持とうかと思い、「重いの?」と聞いたら、「ううん」と首を

ふって、片方をお母さんに持ってもらい、一緒に歩いていました。看板持ち

が、とっても気に入ったようでした。この写真を見て、ズーッと看板を上に

掲げて歩いていたことを知りました。


 愛知県の集会は?と探していると、30pの社会面に、またしても、東京

の集会の写真。今度は、ヘリで撮った、空からの写真で、ビッシリ埋め尽く

された豆粒のような人々が、会場をあふれて広がっています。本当にすごい

人が集まったのだ。過去最大規模の集まりだったということです。


 その下に、「名古屋でも2000人が行進」と写真付でありました。

やったー!こんなすごい歴史に刻まれるような大集会に、自分達で企画し

共に行動できたこと、本当に嬉しいです。呼べば応えてくれる人々と沢山

出会うことが出来ましたし・・・。

 

 

2011年9月19日

9・19さようなら原発アクションin尾張旭に75名


 東京でもなく、名古屋でもなく、この尾張旭市で、しかも、思い立ってから

20日くらいの間に、ドタバタと立ち上げた企画でした。

 宣伝も徹底せず、さてどうなることか、40人の参加者があれば、成功。歩

くのは20名くらいのものか、と思っていました。


 でも、1時過ぎると、あちこちから人々が集まってきて、まず、子供達と

一緒に風船をふくらませては、「子供を放射能から守ろう」とか、「さよなら

原発 未来のため」とか、書いたメッセージをセロテープで貼り付けていく。

 駅の広いロータリーの、日陰になる場所を選んで、集会の場所を確保し、そ

のまわりに横断幕だとか、ステッカーだとか立てかける。黄色いスカーフを配

る人。歌詞カードを配る人。Tさんが、ギターを弾きはじめる頃には、子供連

れのお母さんが5,6組になり、子供同士も知り合いだったりして、風船を持

って走り回っている。それに加えてベビーカーのお母さんが2組も来てくれた

のには感激。

 
 開会の1時半には、子供も入れてですが、75名もの人々が集まってくれて

いたのです。3人の若いママたちの話は、具体的で、「原発事故の後、花粉症

のようなふりをして、親子でマスクをしていました」とか、「以前野菜を直売

で買っていたところで、原発事故があり、風評被害かどうか悩んだことがあっ

たのですが、そのとき、いいかげんにすませたことのツケが来たのかなと思い」

とか、「原発事故のあとは、放射能が恐くて、ネットで調べまくりました」とか、

「尾張旭で、原発のことを真剣に考えている人々がいてくれて、心強い。一緒

にやっていきたい」とか、参加者を勇気づけるものでした。

 長年原水爆禁止運動をやってきたFさんは、「原発のことをあまり考えてこ

なかった自分が、ショックだった」。


 7人のスピーチのあと、パレードに移ったのですが、これも、60名以上の

参加。子供達は、歩道を歩き、2人で、横断幕をマントのように被って、「原

発マンダー」と叫んでみたり、大きなステッカーを持ったり、風船を持ったり

友達が一杯いるので、元気一杯最後まで歩ききりました。3歳の子供を、背負

ったまま歩きとおしたAさんには、ビックリ。彼女は、反原発のカラーは黄色

だからと、フェルトの黄色い布で、かわいい腕飾りを沢山作ってきてくれたん

ですよ。

 こんなに子供が参加する集会とパレードなんて初めてですし、とても楽しく

またしても、予想以上に、大成功でした。やっぱり、やってよかった。

 中日新聞の瀬戸支局の方が取材に来ていたので、きっと明日の新聞に載るで

しょう。楽しみです。(名古屋ひがし版ですが・・・)

 さて、東京の5万人集会は、どうなったのでしょうか。NHKの6時台の

ニュースで、6万人集まったといっていました。でも、7時台のニュースでは、

やらない。一番大切なことなのに。Tさんからの電話で、名古屋にでかけた妹

の話では、4千人が集まり、パレードの人数もすごかったとのこと。あちらも、

大成功のようで、よかった。

2011年9月18日

明日、「さようなら原発集会とパレードin尾張旭」やります


台風の影響で、雨を覚悟していたのですが、天は我らに味方してくれて、

どうやら晴天になりそう。33度の予報で、熱中症の心配をしなければならな

いくらい。でも、雨よりはずーとましです。なんせ子供連れのお母さんが何

組か参加してくれるのに、雨の中では大変ですからね。

 風船も一杯作って、通行人に渡しましょう。マスクにビニールのレインコ

ートを着て、原発作業員の真似をする人もいるようです。

 若いお母さんが、トトロの「あるけ 歩こう」とか、「ポニョ」とか、ハン

ドマイクで歌いながら歩くといってくれているし、黄色のスカーフを着けて、

「さようなら原発」と大きく書いた横断幕が3枚あるし、手に持って歩くステッ

カーも一杯作ったし、随分賑やかになりそうです。


 集会は、1時から準備。尾張旭駅北ロータリーで、1時半から、先ずはTさん

のギター演奏で歌をうたいます。それから、リレートークと行きますか。

 言いだしっぺのMさんが、最初の口火を切る。若いお母さんには3人、率直

な思いを語っていただきましょう。男性も2人ほど。核問題でやってらっしゃる

ベテランの女性、これでもう7人。それから、他にも是非発言したいという方に

も。それで、30分たってしまいますね。

 それから、なるべくアスカくらいまで、歩いていただき、あとは、元気な人

で、三郷からイトーヨーカドーあたりまで歩く予定です。

 集会だけでもいいし、遠巻きに見ているだけでもいいし、途中から10m歩く

だけでもいいから、1人でも沢山の人に参加してほしいです。

 伊藤千尋さんも言っていたけれど、グチを言っているだけではなく、「あるも

の探し」をして、自分達で行動して、もっと活き活きしたいい町といい日本にし

ていきたいです。
                    幸

伊藤千尋講演を聞きました。(愛知母親大会)


 朝日新聞の海外特派員であった経験から、世界中を飛び回っており、南米

30カ国を担当した3年間には、飛行機に400回乗ったと言ってみえました。


 電力関係でいえば、アイスランドに行ったとき、巨大露天風呂があるので、

理由を聞くと、地熱発電所をつくったら、露天風呂が出来たという話。どこが

作ったかというと、フジ電機、東芝、三菱。地震や火山の多い日本で地熱発電

をやれば、原発20機分の電力がまかなえるそうです。

 富士の麓の自衛隊の演習場で、米軍と自衛隊が、富士に向かって大砲を撃っ

ている。そこを、地熱発電所にして、ついでに巨大露天風呂を作って、富士を

見ながら、「いい湯だな」とやればいいという話には、会場中大爆笑でした。


 原発大国フランスと日本の違いは、この30年間で、日本で3000回の地震が

起こったのに、同規模の地震がフランスでは、3回であった。1000分の1。岩

盤が堅い。それに、フランスには、水力も風力も、地熱もない。


 世界は、変化している。アフリカ沖のスペイン領カナリア諸島には、太陽電

池が、張り巡らされている。そこに、ヒロシマ ナガサキ広場があって、そこ

には白いタイルに青い色で、日本の「憲法9条」が、スペイン語で書かれている。


 南米エクアドルでは、「オリガミスタ(折り紙をおる人)」たちが、原爆症

で死んでいった定子の話を伝えながら、鶴を折る活動を続け、平和の大切さを

ひろげ、ついに憲法に、「外国軍の基地を置かない」と書き入れ、米軍基地を

なくしてしまった。


 コスタリカでは、30%もあった軍事費をそっくり教育費に回し、軍隊を

なくしてしまった。そして、近隣の三国が戦争していたのを、交渉の場に着か

せ戦争を終わらせてしまった。「平和の輸出」をする国が、本当の平和国家な

んだと言っている。

 アメリカも、10年前は恐ろしい国だったが、イラクで息子を亡くした1女性

シンディ・ハーンさんの行動に共感する人が、10万人のデモを起こし、徐々に

変わっていった。


 日本だけが、あまりに変わらなくてガッカリするが、日本にも素晴らしい

取り組みはある。

 水俣病で、汚い町の汚名を着させられた水俣市で、「環境日本1」を達成し

た。それは、ないもの探しを止めて、「あるもの探し」に発想を変え、「グチ

を自治に変えよう」と呼びかけた1人の市職員の奮闘から始まったということ。

自立した市民の活動によって達成できた。意識を持てば、変えられる。等々。


 聞いている皆が、元気になれるお話が一杯でした。友達も本を2冊買ってきた

と言っていました。

 私は1冊「変革の時代ー理想は実現できる」シネ・フロント社

                 

 

 

2011年9月16日

9・19さようなら原発アクションにご参加を


9月15日、2回目の実行委員会と当日のグッズ製作の日、嬉しいことに

小学生と幼稚園児のお母さんが3人も参加してくれました。こんな活動を

するのは、はじめての人ばかりです。3人は子供を通じての友達(いわゆ

るママ友)で、福島の原発事故による放射能汚染は他人事ではなく、何

かをしなくてはと思っていたそうです。

 この日までに、保育園前で参加を呼びかけるチラシをまいたり、お店

に置いてもらったり、友達に配ったり、メールを送ったり、さすが若者

とても行動的です。行動した反応も、「えっ、何時に行けばいいの?参

加してもいいけど、何か持つのは恥ずかしいな」と言ってくれる人があ

ったり、「当日は参加できないけれど、関心はありますのでまた連絡し

てください」とメールが返ってきたりで、お互いがお互いの活動に刺激

されて、すごいすごいと言いながら、活動範囲が広がったようです。

 グッズ作りは、「僕は、街頭に出てデモしたりするの大好きなんです」

というおじさんや、パソコンで、大きく「さようなら原発」と打ち出し

てきてくれたお姉さん(私より若いから)や、脱原発は黄色のようだか

らと、黄色の布を持ってきてくれたオジサンや慣れた手つきで布を切っ

てスカーフを作るおば様方、10人ほどで、「さようなら原発」と書い

た横断幕3枚、プラカード20枚、看板10枚、スカーフ40枚ほどができあが

りました。当日は、風船に、「放射能から こどもを守ろう」と「さよ

なら原発 未来のために」と書いた紙を貼り付けて、道行く人に渡すこ

とになりました。

 
 今、1人でも多くの人に参加してもらうために、必死です。


 9・19さようなら原発in尾張旭

日時 9月19日  1時半~

場所 尾張旭駅(北側ロータリー)

   集会(リレートークとギターに合わせて歌う)

   パレード(アスカ前を通って瀬戸街道を三郷まで)

 少しの参加でも、大歓迎です。みなさん、来て!来て!

         

2011年9月 2日

さようなら原発アクションin尾張旭


  中日新聞夕刊の「この道」欄に、歌手の橋幸夫が登場しました。

今日は、「人間のおごり」という見出しで、原発に関して、「あれほどの

被害、被災があるのに、『絶対にそれがなければならない』という、電気

の需要のほうを考える風潮が、私には理解できない。スイス、ドイツ、イ

タリアは原発廃止を決めている。この違いは一体なんだろう。片方は『廃

止』と断言する。日本はやっと『停止』を考え始めたが、また再開させよ

うといている。あきれることに、国絡みの"やらせ討論"の演出や電力会

社のメール問題と、まったく理解できない。」と書いています。


 まとうな意見だと思います。ドイツなどでは、チェルノブイリ原発の事

故をきっかけにして、脱原発の市民運動が、かなりの規模で起こったとい

うことです。脱原発を言わないと、選挙に当選しない。政府も支持を失う、

ということになって初めて、政府は「脱原発」に楫をきるのだと思います。


 さよなら原発 1000万人アクションを立ち上げられた時、澤地久枝さん

は言いました。「100万人の署名では足りない。でも、1000万人の署名を

つきつけたら、どんなバカな政治家でも、脱原発にいくのではないか」と。


 原発問題ですから、若い人々が自発的に呼びかけて、思いもよらない大

勢の人々を集めているという話もあちこちで聞きます。また、話を聞くと

今まで無関心だった圧倒的に多数の人が、脱原発を考え始めている。


 でも、今度総理になった野田さんは、脱原発ではないようです。原発関

連で利益を得てきた財界も、そこから政治献金を得てきている政治家達も、

簡単には、脱原発に行きそうもありません。


 だからこそ、脱原発の声を結集する大きな運動を提唱されたのだと思い

ます。呼びかけ人の中では、坂本龍一さん、落合恵子さん、鎌田慧さんあた

りが若い方でしょうか、大江健三郎さん、内橋克人さん、辻井喬さん、鶴見

俊輔さん、瀬戸内寂聴さんも名を連ねています。

 1000万人というと、字の書ける人の、10人に1人が、署名しないといけま

せん。国民的大運動です。9月19日には、東京では、5万人集会、名古屋でも

パレードが、予定されています。


 尾張旭でも、アクションをおこしたいですね。あっちこっちで、連動して

アクションが一杯おこるといいですね。

まずは、「9.19さようなら原発アクションin尾張旭」とでも名づけて、

集会でもデモでもやりたいです。9月8日(木)3時半~中央公民館3階の軽音

楽室で、第1回打ち合わせをしますので、興味のある方は、集まってください。