2011年12月 7日

講演会「ドイツはどのようにして『脱原発』を実現したのか」


 
明日、12月8日(木)午前10時~

尾張旭市中央公民館3階「軽音楽室2」で

元名古屋芸術大学学長、大島俊三さんによる講演会があります。

主催は、「さようなら原発・尾張旭」

200円程度のカンパをお願いします。



 先ほど、電話がありました。

「私、『第9条の会』のKと申しますが、あすの講演会に参加させていた

だきます。そのとき、私どもの会で企画している講演会のチラシを配らせ

ていただけないでしょうか?」

「それから、お宅では脱原発の署名に取り組んでいらっしゃいますか?

もし、まだでしたら、署名用紙も持っていこうかと思いまして」


 元気の良い女性の声でした。

 いろんなところで、いろんな人々が、アクション起こしているなあ、

そして、どんどんつながっていく、素晴らしいことです。

2011年12月 3日

義姉の49日に彼女の「戦争体験」を差し上げる


 私の兄の7回忌を取り仕切ってくれた義姉が、その2週間後に亡くなりまし

た。心筋梗塞でした。以前から、血管はぼろぼろだと医者から言われていると

は聞いていましいたが、結構元気そうでしたし、だましだまし何とかうまくい

ってくれるのかなと思っていましたので、突然の報せはショックでした。

 我慢強く、優しく、よき日本の最後の嫁であり母であるというような人でし

たので、小姑としては、申し訳ない気持ちもあり、「1番、元気で長生きして

欲しい」と願っていましたから。

 今日はその49日の法要がありました。

 実は1年程前に、お姉さんから、戦争体験の聞き書きをしていました。「九

条の会・尾張旭」のニュースに掲載するためです。しかし、他の聞き書きを優

先させてきたため、彼女のものは後回しにされていました。折角話してくれた

のに、活字にすることのないままに、彼女は亡くなってしまったのです。

 そこには、彼女の強さやさしさの原点であるような、祖父の話から、戦後の

世相、母の弟と叔父のはなし、父についてなど、戦争とからめながら、丁寧に

じーっと見つめ考えてきた言葉が連ねられています。

 長女であった彼女だから知りえたことで、弟さんや妹さんにも、そして彼

の遺した3人の子供や孫達、その他、49日の法要に集まる、彼女の死を悼む

全ての人にとってもとてもいい贈り物になるのではないかと思い、最新のニュ

ースに載せていただき、それを今日皆さんにおくばりしました。

 お坊さんも、長年親しくしている方ですので、お渡ししました。

 私も、「九条の会・尾張旭」のニュースに聞き書きなど始めなければ、決し

て知ることはなかった話です。こんなに身近な人のなかにあった忘れられない

思いを聞かせていただける機会を与えられたことに感謝したいと思います。

                           幸