2012年11月25日

「9条をまもる平和祭り」(12月8日)にお出かけ下さい



12月8日は何の日かご存知ですか?

恥ずかしながら私、9条の会の運動を始めるまで、知りませんでした。

実は、日米開戦の日なのです。

終戦の日8月15日はよくしっているのにね。


最も、今時の若者は、日本とアメリカが戦争をしたということも知らな

い人が多いということです。

 それで、その日にちなんで、何か催しをやろうということになって、

でも、「講演会などのかたいのじゃなくて、学校祭ののりでやろうよ」

ということで、始まったのが7年前。


 一番人気が、飲食コーナー。おでんに、赤飯、山菜おこわに鬼饅頭。

コーヒー、ハーブティー、手作りケーキーが、どれも100円カンパで

召し上がれます。

 それがまた、皆さんこりにこり、腕をふるっての絶品ぞろい。

仲間同士がおいしいものを食べながらお喋りしている光景ってほんと

いいですね。

 作品展示コーナーでは、皆さんの趣味の作品が。木の実人形など

ほんと素敵です。

 それから、舞台催し物。

 今年は、地元の若いママさんたちのコーラスグループ「マンマヴォ

ーチェ」の皆さんの歌。それから、元劇団うりんこで活躍なさった

いのこ福代さんが、東北にヴォランティア公演に出かけられて、ご一

緒に活躍なさった胡弓奏者のプロ、石田音人さんとともに、被災地の

お話やら朗読やらをして下さいます。

 スクリーンで、大写しの絵を見ながら、「ご縁がたり」など聴く

のも、素敵ですよ。

 どなたでも、気軽に参加して欲しいです。
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外間守膳さんの願い(中日春秋)を読んで



「その体に食い込んだ弾や石の破片が取り出されるのには、およそ十年の
 
歳月がかかったという」という書き出しに引き込まれて読んでみますと、おと
 
とい87歳でなくなった外間守膳さんという人のことでした。沖縄学の第一人者
 
であったということです。 その方が、那覇北方の前田高地での激戦を経験
 
し、所属大隊800人のうち生き残ったのは29人。外間さんも銃弾と手りゅう弾
 
の破片を浴びたと。

記憶は、体の傷よりも長く、外間さんを苦しめ続け、戦争の話をするのも聞
 
くのも耐え難い日々が続き、「私の沖縄戦記」を刊行したのは、80を過ぎてか
 
らだということです。


国守らと思て/散り果てしあはれ/鎮魂(しずたま)の願い/肝(ちむ)に染めら


自決した兄守栄さんの「守」と、疎開船・対馬丸とともに海に散った妹静子
 
さんの「しず」という音を詠みこんだものです。「肝に染みつけよう」という最
 
後の言葉に、外間さんの覚悟を見る思いがします。


そして記者は、「戦争の凄惨を心身に刻んだからこそ、平和憲法への熱い
 
思いを胸に抱えたまま旅立った。」と書いています。


その同じページに、自民党の政権公約の紹介があり、「改憲に関しては、国
 
防軍の保持や緊急事態条項の新設、改憲の発議要件を現行の衆参それぞ
 
れ3分の2以上から過半数に緩和することなどを盛り込んだ新党憲法草案を
 
掲げた」と。

安倍さん、本気で憲法を変えて、軍隊を持って、戦争をする国に日本を変え
 
ようとしています。この外間さんのような人のことをどう思うのでしょうか?
 
勇ましいことを言っているばかりではなく、少しは、このような犠牲を強いる
 
戦争というものについて、静かに考えて欲しいものです。
 
 



2012年11月 4日

11月3日、大江健三郎、希望を語る・・・デモ参加者は希望への道を作っている


 11月3日は、名古屋市公会堂の3階まで、ぎっしり人が詰め掛けて、大盛況

でした。また、大江さんの講演が素晴らしく、ユーモラスな話には大笑いし

しながら、しみじみと聞き惚れました。


 以下、端折って紹介します。


 7年前、安倍さんたち自民党の人が言っていたこと
「国民の行動規範としての憲法、国民の精神に働きかける憲法」として、

憲法を作り直そうとしていた。そのために、まず教育を変える。

 なぜ、自民党の指導者である安倍さんや、石原慎太郎のような人に、

「生きていくモデル」を示され、「日本人はこのような精神で生きていかね

ばならない」と言われねばならないのか?

 石原慎太郎が、先日も、「現憲法は、英文の翻訳であるから、醜悪である」

と言っていたが、石原慎太郎の方が、よほど醜いと私は思う。(ほんと、人の

ことを見境なく、バカだの、ババーだの、たぬきだの品の悪いことばかり・・・)


 憲法の特質は、国権を制限するもの

井上ひさしの高校時代の同級生で、憲法学者になった樋口陽一は、井上

ひさしの先生のような存在だった。その樋口先生が、言っていること。

 「旧憲法を創案した伊藤博文ですら、『憲法とは、国権(国家を動かす

ものの権利を制限し、臣民の権利を保全することにある』と言っている」

今の改憲論者はそこが分かっていない。良い人間にするために国民を縛り、

従わせる為のものと思っている。


 沖縄の問題

 戦前の日本は、開国により押し付けられた不平等条約をなくしていく

過程でもあった。沖縄は、今も不平等条約の只中にある。それをなくして

いくことは、今の政府はしないだろう。


 「星の王子様」(サン=テグジュペリ)の狐の言葉

 狐が、王子と別れるとき言った言葉です。タイプで打ったその上へ、

作者が万年筆で書き直してあるそのカラーコピーを大江さんはみたそうです。

 最初は、「君に一番大切なものは、それは目に見えないものを見ること、

目で見ることのできない、人の心を読み取る力なんだよ」と書いて、その、

一番大切というところに線を引いて、英語で言えばエッセンシャル、即ち

なによりも、本質的に必要なことと書き換えたのです。何かと比較して1番

ではなく、もっと重い本質的という言葉に・・・。


 今、日本人にとって、本質的に必要なこととはなにか?

 日本の人にとってのエッセンシャルとは、次の時代まで子供たちが生きて

いけるように、この世界を保つこと、持ちこたえることだと思います。


 今残っている原発の10分の1でも爆発すれば、日本はダメになる、アジアも

世界も・・・。

 もっとも本質的に必要なことは、原発を私たちの力でなくすこと。それを

今、私達がしようとしているんじゃないか。

 今毎週、官邸前や、関電前などでデモが行われています。

それは組織的なものではなく、一般市民が集まって、5千、10万と増え、

次は50万人にもなろうとしている。一番基本的な心のこもったデモが行われ

ているのが、現代です。


 希望を作るために歩く

 大な作家魯迅が言っている。

「希望というのはなんともよく分からないものである。希望というのは

もともとあるものとも、ないものともいえない。まるで地上の道のような

ものである。もともと地上に道はなかった。歩く人が増えれば、そこに

道ができる。」

 デモで、私たちは歩く。それは、希望を作るためである。それは、希望の

道である。自分たちの、つまり一番残したい本質的なもののために、彼らは

歩く。その道を大きくすれば、希望はかなう。


 大江さんが語ってくれた希望への道筋に感動し、勇気づけられました。



2012年11月 1日

大江健三郎、11月3日、名古屋で講演(あいち九条の会)



 昨日電話がありました。太極拳の先生だったMさんからです。

「大江さんのチラシを知人に送ったら、コンビニでチケット買おうとして売り

切れだったそうよ。私も横着して当日券でいいわと思っていたけれど、心配に

なってきたから、送ってくれない?」とのこと。

 その後も、「迷っていたけれどやっぱり行くことにしたからチケット欲しい」

という連絡が2件。

 おっ、なかなかいい動きです。早速手配して、Mさんの知人(ご夫婦2枚)に

もおとどけしました。


 5月3日の憲法記念日の集会には毎年どっさり人があつまりますが、11月3日

のほうは、どうも集まりがわるくて、心配していました。

 しかし、さすが、ノーベル賞受賞の大江健三郎効果でしょうか、人気がある

ようです。大江さん、脱原発の行動でも先頭切って頑張っていますものね。

 75歳ですから、名古屋で聞ける最後の機会かもしれません。聞かなきゃ

損、そんですよ。

 11月3日13時開演   名古屋市公会堂です。

 ちなみに、会場は最大4千人まで入れるそうですから、当日券でも大丈夫

だと思います。みんなで、押しかけましょう。